第40話 世界の広さ
しばらく、誰も何も言わなかった。
果物の籠を挟んで、店主と結城たちが、互いの様子をうかがうような時間が流れる。
「……詳しく、聞かせてもらえますか」
結城が、ようやくそう切り出した。
「ガラニア国ってのは、東の方にある国だ。うちは、その国とも行き来する商人でな。向こうに、ちょっとした伝手がある」
店主は、声を落としたまま続けた。
「うちと同じ、異界からの召喚組だよ。向こうの知り合いに——盗賊職の男がいてな。仲良くなって、色々と話を聞かせてもらってる」
「……盗賊」
神崎が、ぽつりと呟く。
「召喚されたのは五人。勇者と、戦士のタンクが二人、魔術師、それと盗賊。うちの知り合いが、その盗賊本人だ」
皆川と東條が、思わず視線を交わした。自分たちの編成と、数だけは同じだった。
「ただ、こっちと違って、向こうには聖女がいない。回復役は、現地で雇った外部の僧侶に頼ってるらしい」
「……それは」
皆川が、思わず声を漏らす。自分が担っている役割が、こんな形で引き比べられるとは思っていなかった。
「結構、危うい話だな」
東條が、低く呟いた。
「ああ。過酷な訓練と、魔物討伐を繰り返してきたが——タンクの一人は、もう死んだそうだ。回復が外部依存ってのも、限界が近いって、知り合いがこぼしてたよ」
その場に、重い沈黙が落ちた。
「向こうも、他の国の勇者パーティーが、どんな扱いを受けてるのか知りたがってる。うちの知り合いが、その辺りの情報を集めてる最中らしくてな。それで、お兄さんたちのことも、ちょっと気になったみたいだ」
「……俺たちのことも、調べられてるってことですか」
結城が、警戒の色を滲ませる。
「悪意があってのことじゃない。たぶん、自分たちと同じ立場の連中が、どう扱われてるのか——それだけが知りたいんだろう」
店主は、軽く両手を上げて、それ以上の追及を制した。
「あの、もう一つ聞きたいんですけど」
皆川が、おそるおそる切り出す。
「最近、魔物がやけに活発に動いてる、っていう話、聞いたことありますか」
「ああ、それなら、向こうでも似たようなことが起きてる。だが、それが魔族と関係あるのかどうか、まだ誰にも分からないらしい」
店主は、思い出すように、目を細めた。
「盗賊の彼が、こう言ってたよ。——魔族が大人しい時期に、自分たちは何のために召喚されたんだろうな、って」
結城は、その言葉に、思わず黙り込んだ。
「あの、魔族って——」
皆川が、おそるおそる切り出す。
「うちの国だと、ほとんど話に出てこないですよね」
「だろうな。だが、盗賊の彼は、別の国から召喚されてきたらしくてな。その国には、魔族がいるんだと。割と普通に暮らしてるらしい」
「人間より、魔力が少し多いってだけで、魔族って呼ばれてるらしくてな。頭に、羊みたいな角が生えてる部族とか、爬虫類みたいな皮膚を持つ部族とか、色々いるが、能力自体は、人間とそう変わらないやつも多いって話だ」
店主は、籠の果物を一つ手に取って、軽く回した。
「この国にも、犬や猫の獣人はいるだろう。あれと同じ感覚で、向こうじゃ、もう少し種類が多い——そんな話だったよ」
結城は、頭の中で、いくつもの情報を整理しようとしていた。魔族、他国の召喚事例、外部依存の回復役、すでに失われた命——どれも、これまで自分たちが知らなかった、世界の広さの一部だった。
「……他にも、何か?」
「今のところは、これくらいだ。あまり長く話してると、誰かに見られても困る」
店主は、そう言って、いつもの商売人らしい笑みを浮かべた。
「果物、買うか? それとも、また日を改めるか」
結城たちは、互いに視線を交わした。
「……いくつか、買っていきます」
結城は、財布を取り出しながら、そう答えた。表向きの自然さを保ちながら、内心では、聞いた話を何度も繰り返し噛み砕いていた。
——あの晩餐の夜、宮廷の男が口にした言葉。世界は、思っているより広い。
ようやく、その言葉が、具体的な形を取り始めていた。だが、店主が何者で、なぜこれだけの情報を持っているのか——その答えは、まだ、どこにも見えなかった。




