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異世界帰りの俺と、残された四人 ―テラ・マートは知っている―  作者: 山田村


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第39話 副業




 拓也が、地球側で自分の力を明かしていた、ちょうどその頃——王都の片隅にある、小さな一室で、別の話が進んでいた。


 ロイは、貴族風の身なりをした男と、向かい合って座っていた。


「いつもの通り、報告を頼む」


「……分かりました」


 ロイは、淡々と、最近の訓練の様子や、ダンジョンでの動き、ドルフとの関係について語った。男は、それを聞きながら、革袋に入った金を、机の上に滑らせた。


「それと——緒方という男のことだ。最近、城内に妙な店を構えているそうだが」


「コスメの店、ですね。詳しいことは、俺の担当外です」


「そうか」


 男——ヴァルド男爵は、わずかに眉を寄せた。


 もともと、この依頼は、ロイが斥候としてパーティーに加わる際に、持ちかけられたものだった。


「定期的に、活動を報告してくれれば、報酬を払う」


 国から正式に派遣された監視役ではない。あくまで、副業程度の——情報を売るだけの、軽い仕事のはずだった。能力の高い勇者パーティーに気づかれないよう、あえて「外部の人間」を使うという考えからだった。


 だが、最近のヴァルド男爵の関心は、勇者パーティーそのものよりも、緒方という男の存在に、少しずつ向き始めていた。


 ——あの男、ただの脱落者にしておくには、惜しいかもしれない。


 ヴァルド男爵は、その日の報告を、上役であるオーレス伯爵に伝えた。


「緒方、という男について、調べる価値がありそうです」


 伯爵は、しばらく黙って話を聞いていたが、やがて、小さく頷いた。


「分かった。続けて、調べさせろ」


 ロイという男を介して始まった、小さな情報の流れが、少しずつ、別の方向へと姿を変えようとしていた。


―――


「これ、新しい商品なんですか?」


 一人の女性客が、棚に並んだ見慣れない小瓶を、興味深そうに手に取った。


「ああ、それは『ゴアゴア』っていう、髪のスプレーだ。仕入れ先は、企業秘密だ」


「スプレー?」


「軽く振って、髪に吹きかけるだけだ。ツヤが出るし、広がりやすい髪も、まとまりやすくなる」


 女性客は、半信半疑な様子で、小瓶を顔の高さまで持ち上げた。


「本当に? こんな小さい瓶で?」


 髪の広がりを抑えられないことは、彼女にとって、長年の悩みだった。湿気の多い日は、何をしても、まとまらない。


「試しに、使ってみるといい。気に入らなかったら、遠慮なく言ってくれ」


 女性客は、その場でひと吹き試してみた。次の瞬間、自分の髪に触れた手が、明らかな変化に気づいて止まる。


「……え、本当に、まとまってる」


 鏡を覗き込んだ彼女は、思わず声を上げた。長年の悩みが、たった一吹きで、こんなに変わるとは思っていなかった。


 彼女は、その日のうちに、何人もの同僚に、髪を見せて回った。


「見て見て、このツヤ! あの店のスプレー、すごいから!」


 こうした何気ないやり取りの一つ一つが、緒方の店を、ただの商売の場ではなく、女性たちの「お気に入りの場所」にしていく、小さな積み重ねになっていた。


 緒方の店では、その日も、城の女性たちの世間話が、絶えなかった。


「聞いた? ベルニエ男爵家が、魔物退治で、すごい成果を上げたらしいよ」


「それより、皇太子様と、現王妃様の第三王子の方が、最近、きな臭いって話よ」


「第六王女様が、ヴェラス王国に嫁ぐことが決まったって、本当?」


 緒方は、棚の商品を整えながら、その会話を、聞くともなく聞いていた。ガセも混ざっているだろう。それでも、こうして自然に流れてくる情報は、どこの諜報網よりも、案外、馬鹿にできないものだった。


―――


 一方、結城たちは、その日も、許可された区域の中を歩いていた。


「お兄さん、これ、見ていきなよ」


 果物店の店主が、声をかけてきた。


「南の国から取り寄せた果物だよ。ここじゃ採れない代物さ」


 見たことのない、鮮やかな色の果実が、籠に並んでいる。皆川と東條が、興味を引かれたように、その店に立ち寄った。


「お兄さん方、勇者パーティーですか?」


 店主が、不意に、そう尋ねてきた。


 神崎たちの間に、一瞬で、緊張が走った。誰も何も言っていないのに、その場の空気が、わずかに重くなる。


「圧を! 威圧を緩めてください!」


 店主が、慌てたように、両手を上げた。


「すみません、変なことを聞いて。代わりに——他国の面白い話、聞きませんか?」


「……話とは?」


 結城が、警戒を解かないまま、聞き返した。


「……ガラニア国の、勇者パーティーの話ですよ」


 店主は、声を一段落として、そう言った。


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