第38話 映画の忍者だな
神崎の後輩は、いつの間にか、異世界関連のプロジェクトの立ち上げに関わる人材の一人になっていた。女性官僚が一人加わり、各省庁からの出向者も少しずつ増えていく。小さく始まったはずの体制は、気づけば、もう一人や二人の話ではなくなっていた。
藪田は、その体制の中で、拓也との連絡係と、家族間の橋渡しという役割を、引き続き担っていた。組織が大きくなっても、現場の感覚を持つ人間は、結局、限られていた。
党内では、総裁選びに向けた動きが、依然として続いていた。倉持は、相変わらず議員会館を歩き回る日々を送っており、金属の件に意識を戻す余裕は、まだなかった。
―――
拓也には、ずっと、心に引っかかっていることがあった。
以前、緒方と結城が、ちょっとした雑談として話していたことを、緒方から聞かされたことがある。
「結城たちも、拓也の能力値でハルクレベルかよ、って話になってな。俺たちが帰ったら、ヤバいんじゃないか、って」
「……ヤバい、ですか」
「いや、それだけじゃない。戻ったことで、能力が上がってる可能性もあるんじゃないか、とも言ってた」
拓也は、その話を聞いて以来、自分の中で、ある種の覚悟を固めていた。
これまで、神崎や藪田には、灯の球程度しか見せていなかった。だが、それだけでは、自分の本当の力を、正しく理解してもらえない。
——危険だと、ちゃんと分かってくれる人が必要だ。
力を隠したままでいることは、安全じゃない。むしろ、誰かに正しく知ってもらうことの方が、これからは大事になる気がしていた。
神崎と藪田の態度が、少しずつ歩み寄るように変わってきたのを感じていたからこそ、今なら、その相手としてふさわしいと思えた。
―――
その日、拓也は、東條の道場の敷地内にある、整備された林の中に立っていた。
東條の父、神崎、藪田——三人が、少し離れた場所から、見守るように立っている。
「では、少しだけ、見せます」
拓也は、それだけ言って、軽く地面を踏んだ。
次の瞬間、その姿が、林の奥へと消えていた。
まばたきの間に、拓也は、十数メートル先の木の上に立っていた。そこから、さらに跳び、別の木の枝へ、また別の枝へ——音もなく、まるで重力を無視しているかのような動きで、林の中を移動していく。
地面に降り立った時には、足音一つ立てなかった。
「……映画の忍者だな」
東條の父が、ぽつりと呟いた。
拓也は、続けて、腰に提げたショートソードを抜いた。空を斬る動きは、速さよりも、無駄のなさが際立っていた。最後に、手のひらに小さな火を灯し、続けて、もう一度、光の球を浮かせて見せた。
一通りの動きを終えた拓也は、三人の前に戻り、深く一礼した。
「これが、今の俺の力です」
しばらく、誰も言葉を発さなかった。
東條の父が、最初に口を開いた。
「娘も……その様な力が、あるのか」
「雪乃さんは剣聖だから、俺なんか足元にも及ばないです」
その言葉に、東條の父の表情が、少しだけ緩んだ。
「隼人くんは勇者だから、総合的に凄まじいです」
その一言に、神崎は、わずかに身を乗り出した。
——勇者。
ただの職業名のはずなのに、その響きは、神崎の中で、息子の存在そのものと強く結びついていた。普段なら、表情を作ることに慣れているはずの自分が、今は、その一語だけで、抑えていたものが緩んでいくのを感じていた。
「総合的に、というのは」
神崎は、声の震えを抑えながら、続きを促した。
「攻撃も、防御も、回復も、ある程度は一人でできるんです。剣も魔法も使えて、何より、誰よりも諦めない人です」
神崎は、それだけ聞いて、小さく頷いた。それ以上は、何も言わなかった。
「他のメンバーは、どうなんだ」
藪田が、続きを促すように尋ねた。結城や皆川の家族は、この場にいない。それでも、聞いておきたいという気持ちが、その声には滲んでいた。
「遼くんは賢者で、魔法の規模と頭の回転がすごいです。小説ベースの異世界の知識がすごくて、いろいろ教えてもらいました」
「澄香さんは聖女で、癒しとアンデッド対応です」
「アンデッドって……お化け、いるのか」
藪田が、思わず聞き返した。
「います。レイスにゾンビも」
「………」
藪田は、しばらく何も言えなかった。
「癒しとは?」
神崎が、続けて尋ねた。
「レベルが上がれば、死にかけた人を死なない程度にとどめることや、切断された手足の再生ができると聞いています。今は、深い切り傷とかは簡単に治せますし、病気にも効きます。ただ、血液を全部作ることはできないので、貧血の状態が戻るまで時間がかかって、すぐには戦えません。レベルが上がれば、もっといろいろできるようになるかもしれません」
「「「なんと」」」
三人の声が、ほとんど同時に揃った。
「緒方さんは?」
神崎が、最後に尋ねた。
「生活魔法は使えます。それと——テラ・マートが、異世界との窓口で、生命線です」
拓也は、それだけ言って、小さく息を吐いた。
全部を話したわけではない。それでも、これまでよりずっと多くのことを、初めて、自分の言葉で伝えられた気がした。




