第37話 今日かよ
拓也から伝えられた話は、その日のうちに、藪田を通して神崎にも届いていた。
「向こうでは、エテリムとクラニウムって呼ばれてるそうです。鍛冶屋や防具屋に、普通に卸されてる金属だって、緒方さんが言ってました」
藪田は、その内容を、丁寧に言葉を選びながら、神崎に伝えた。
「つまり——希少なものではなく、大量に存在する金属、ということですね」
「そう聞いてます」
神崎は、しばらく黙り込んだ。これまでの調査の前提が、音を立てて崩れていくような感覚があった。
「自前の資源が少ない国にとっては……これは、想定よりも大きな話になりそうですね」
藪田は、それに対して、何も言えなかった。ただ、自分が伝えた一つの情報が、これほどの重みを持つことになるとは、思っていなかった。
―――
数日後、神崎のもとを、再び後輩が訪れた。
「先輩、あの金属の話、聞きました。エテリムとクラニウムって言うんですよね」
「……お前、どこでその名前を」
「資料、ちらっと見えちゃって。いや、それより——あれ、地球で未発見の物ですよね」
後輩は、目をキラキラさせながら、身を乗り出してきた。
「すごくないですか。本当に、未知の金属というか、未知の世界の金属って話で——」
「……お前、それ以上は、業務に関係ない話だ」
「分かってます分かってます。でも、気になるじゃないですか」
神崎は、その熱量に、軽く頭を抱えた。
―――
その頃、倉持は、別の方法で動いていた。
大学同期の経産官僚を通じた神崎への接触は、思うように進んでいなかった。代わりに、倉持は、経産省関連の研究機関に、ある偽の資料を用意させていた。
見た目はまったく異なる、新発見の鉱物——という体裁の資料だったが、成分は、ただの鉄と変わらないものだった。
その資料は、研究室周辺で動いていた工作員の手に、巧妙に渡された。
「これで、しばらくは時間が稼げるはずだ」
倉持は、その報告を受けて、満足げに頷いた。そして、その「貸し」を使って、神崎に接触を図った。
「神崎さん。少し、時間をいただけますか」
「……何の用件でしょうか」
「向こうの工作員、しばらくは大人しくなると思いますよ。私が、手を打ちましたから」
神崎は、その言葉に、表情を変えなかった。
「ご協力に感謝します。ですが——それで何かを期待されているなら、お断りします」
「貸しを作ったつもりはない、と」
「ええ。お互いに、それぞれの立場で動いただけのことです」
倉持は、苦笑しながら、それ以上は踏み込まなかった。
その時、倉持のスマートフォンが、小さく震えた。画面に表示された通知に、倉持の表情が、一瞬で固まった。
——首相、辞任。
「……今日かよ」
倉持は、それだけ呟くと、慌てた様子で席を立った。
「すみません、また連絡します」
神崎は、その後ろ姿を、黙って見送った。
―――
総裁選びは、もう何ヶ月も前から、静かに動き始めていた。
倉持は、保守派の重鎮として知られる、鷲尾衆議院議員の推薦人の一人として、早くから動いていた。総理の辞任が現実になった今、その動きは、一気に加速することになる。
残された日数は、わずかだった。態度を明らかにしていない議員たちを、いかにして自陣営に引き込むか——倉持は、連日、議員会館を歩き回ることになった。
「先生、お時間よろしいですか」
一人、また一人。倉持は、同じ言葉を、何度も繰り返した。政策の話より、人間関係の話の方が、結局は物を言う世界だった。かつて自分自身が首相候補として名前を挙げられていた頃の感覚を、今は、別の形で使っている。
「あなたの一票が、これからの党の方向を決めることになる」
倉持は、そう言いながら、心の中では、別のことを考えていた。
——あの金属のことも、今は、後回しにするしかない。
国家の頂点を巡る争いの陰で、まだ世に知られていない金属の存在は、しばらくの間、誰の優先順位にも上がらないことになりそうだった。




