第36話 エテリムとクラニウム
藪田から手紙を受け取った家族たちは、それぞれの形で、その重みを受け止めていた。
結城の母は、自室で一人になるまで、封を開けることができなかった。震える指で封を開け、便箋を取り出す。その手は、何度も止まりながら、ようやく文字を辿り始めた。
——心配かけてごめん。俺は元気だ。必ず帰る。
一人じゃないし、ちゃんと支えてくれる人もいる。だから、母さんも、自分を責めないでほしい。今は、何も話せないことが多くて、もどかしいけど、いつか、ちゃんと全部話せる日が来ると思う。
母さんも、無理しすぎないでね。
結城の母は、その便箋を、何度も読み返した。文字の一つ一つを、確かめるように。
これまでの数日間、頭の中を占めていたのは、怒りと、責任の所在を明らかにしたいという思いだった。誰かを訴えたい。誰かに償わせたい。そうすることで、ようやく自分の中の何かが収まる気がしていた。
それでも、この短い手紙を読んだ瞬間——そういった感情は、急に色を失っていった。
——あの子は、ちゃんと、私のことを考えてくれている。
結城の母は、その場に座り込んだまま、しばらく動けなくなった。涙は、すぐには出てこなかった。ただ、長い間、便箋を胸に抱いたまま、何度も同じ言葉を、口の中で繰り返していた。
——無事でいて。ただ、それだけで。
その日以降、結城の母の態度は、明らかに変わっていった。弁護士の親族に相談する頻度も減り、代わりに、もう一通、返事を書きたいと言い出すようになった。
皆川の両親は、二人並んで、何度も手紙を読み返していた。東條の家では、父親が、手紙を仏壇のような場所に丁寧に置いた。緒方の母は、手紙を抱いたまま、長い間、声を出さずに泣いていた。
―――
その夜、拓也は、緒方に通話を繋いだ。
「藪田さんから聞いたんですけど——あの金属、経産大臣が興味持ってるらしくて。量が多いか少ないかで、話が変わってくるって言ってました」
「量、か」
緒方は、少し笑った。
「全然、珍しい物じゃないぞ、あれ。普段使いの汎用金属として、こっちじゃ普通に鍛冶屋とか防具屋に卸してる」
「……そうなんですか」
「軽い方は『エテリム』、重くて硬い方は『クラニウム』って呼ばれてる。量も、普通に出回ってる程度だ」
拓也は、しばらく言葉を失った。
——だったら、藪田さんの予想は、当たってるってことか。
会話を切った後も、拓也は、その事実の重さを、何度も確かめるように考え続けていた。
―――
藪田は、その情報を、ただの捜査資料としてではなく、拓也たちを守るための材料として、扱うようになっていた。個人としての好奇心や疑念は、いつの間にか、もっと実務的な——拓也たちを外部の脅威から守る、という意識に変わっていた。
―――
その頃、研究室の近辺では、別の動きが進んでいた。
ある工作員が、研究室の周辺から、断片的な情報を入手していた。新しい鉱物が発見された、という事実だけが、隣国に伝わっていた。詳しい内容までは、まだ掴まれていない。
その国は、地下資源の世界シェアを大きく握っていることで知られていた。鉱物に関する情報には、誰よりも敏感だった。
新しい鉱物の噂は、静かに、国境を越えて広がり始めていた。
―――
鉱物関連の資料を整理していた神崎のもとに、後輩の一人が顔を出した。
「神崎先輩、これ、確認お願いします」
「ああ、分かった」
資料を受け取りながら、後輩が、ふと、思い出したように言った。
「神崎先輩はオタクですよね。このあいだ、押収された異世界小説、読んでましたよね。真剣に」
「……そうだが、内容を確認したまでだ」
「いやいや、あの本、自分も持ってて、ハマってるんですよ」
神崎は、一瞬、言葉を失った。
「……お前も読んでるのか」
「もちろんです。あれ、すごく面白いですよね」
神崎は、何とも言えない表情のまま、それ以上は何も言わなかった。だが、その日以降、二人の間には、これまでとは少し違う空気が流れるようになった。




