第35話 女の情報網
緒方に与えられた部屋は、王城の片隅にある、かつて何かの工房だったらしい空き部屋だった。
決して一等地ではないが、人の出入りがある場所だった。緒方は、その部屋を、小さな店として整えることにした。
「コスメ、ですか」
「ああ。女性向けの品なら、こっちでも需要があると思ってな」
結城が顔を出した時、緒方は、棚に並べた小瓶を、丁寧に整理していた。リップクリーム、化粧水、ちょっとした小物——テラ・マートで仕入れた、地球の品々だった。
「これが、情報収集に繋がるんですか」
「直接は繋がらない。だが、人が集まる場所には、自然と話が集まるもんだ」
緒方の店は、いつの間にか、城で働く女性たちの、ちょっとした息抜きの場になっていた。商品を見ながらの世間話。誰が誰と仲が悪いとか、どの部署が忙しいとか、たまに、貴族の噂話まで。
「ガセも、結構混ざってる。だが、女性の情報網は、馬丁や酒場の与太話よりは、よっぽど精度が高い」
緒方は、そう言って、小さく笑った。
手土産代わりの地球の品々が、少しずつ、城の中に味方を作っていく。地味だが、確実な歩みだった。
―――
一方、結城たちは、許可された区域の中で、町を歩くことを覚えていった。
屋台の串焼き、見たことのない果物、市場の喧騒。教科書では決して教わらない、生きた知識が、そこには溢れていた。
「これ、結構うまいですね」
皆川が、串焼きを片手に、無邪気に笑った。
町の人々との何気ない会話の中にも、思いがけない情報が紛れていることがあった。最近の物価のこと、近隣の村で起きた小さな事件のこと——訓練場とダンジョンだけでは、決して知り得なかった世界の広がりが、少しずつ実感として積み重なっていった。
―――
その頃、地球側では、緒方から転送された手紙が、拓也の手元に届いていた。
四人分の返事を確認した拓也は、すぐに藪田に連絡を入れた。
「返事、預かりました。家族の皆さんに、配ってもらえますか」
「分かった。早めに、手配する」
藪田は、それだけ言って、電話を切った。
―――
藪田は、四枚の手紙を、それぞれの家庭に届けて回った。
結城の家では、母親が、震える手で手紙を受け取った。皆川の家では、両親が並んで、それを覗き込むように見ていた。東條の家では、父親が、黙って一礼してから受け取った。緒方の家では、高齢の母が、手紙を抱くようにして、何度も頭を下げた。
それぞれの反応の中身までは、藪田には分からなかった。それでも、どの家庭も、その一枚の紙を、ひどく大切なものとして扱っていることだけは、はっきりと伝わってきた。
その帰り際、藪田は、神崎から、ある話を聞かされていた。
「経産大臣が、あの金属に興味を持っているようです。チタンのような軽さと、タングステンのような重さと硬さ——両方の性質を併せ持っているらしい、と」
「……便利な金属、ってことですか」
「便利すぎる、と言った方が近いかもしれません」
藪田は、その後、拓也との通話で、その話を伝えた。
「神崎さんから聞いたんだが——あの金属、チタンみたいに軽くて、タングステンみたいに硬いらしい。経産大臣が、そこに目をつけてるって話だ」
「……それ、まずいですよね」
「分からん。これが、よほど貴重で、量も少ない物だってなったら、そこまで大事にはならないだろうし、逆に、わりと出回ってる量がある——っていう話になったら、向こうの反応も変わってくる気がする。自前の資源が少ない国にとっちゃ、珍しさより、量がある方が、よっぽど重要なんだろうな」
藪田は、少し考えるように言葉を切ってから、もう一つ付け加えた。
「それと——神崎さんは、政治家の話に、軽々しく乗るつもりはないみたいだ。あの人を見てる限り、そう感じる」
拓也は、電話の向こうで、少し驚いたような声を出した。
「……藪田さん、そんなことまで、話してくれるんですね」
「別に、隠すことでもないだろう」
藪田は、それだけ言って、軽く笑った。これまでなら、自分の見立てを、こんな風に伝えることはなかった。何かが、少しずつ変わってきている。藪田自身、それを自覚していた。
それぞれの家族が、この手紙をどう受け取るのか——その答えは、まだ先のことだった。




