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異世界帰りの俺と、残された四人 ―テラ・マートは知っている―  作者: 山田村


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第31話 法律の外側





 手紙のコピーが配られた後、会議室の空気は、すぐに大きく動き始めた。


「これが本当なら——拉致したのは、誰なんですか。法的に、必ず責任を取らせます」


 結城の母親が、声を震わせながら立ち上がった。これまで静かに座っていた人とは思えないほどの勢いだった。隣に座る法律関係の親族が、宥めるように肩に手を置く。


 一方、皆川の母親は、何も言わずに、手紙を握ったまま、何度も小さく頷いていた。


「……やっぱり、生きてた。そんな気がしてたんです、ずっと」


 その声には、これまでの不安が、少しずつ溶けていくような響きがあった。


 東條の両親は、何も言わなかった。父親は、手紙を読み終えた後も、しばらく黙って腕を組んでいた。母親も、ただ静かに、事の流れを見つめているだけだった。


 緒方の母親だけが、誰よりも複雑な表情を浮かべていた。


「あの……これ、うちの息子が、何か関係しているということですか」


 その問いに、神崎は、すぐには答えなかった。緒方の母親は、自分の息子が、両方の世界を繋ぐ役割を担っているらしいという事実に、戸惑いを隠せない様子だった。


「……うちの子、何をやってるんですか、本当に」


 その呟きは、誰に向けたものでもなかった。


―――


「現時点で、お伝えできることがあります」


 神崎が、場の空気を引き締めるように、再び口を開いた。


「家族会に持ち込まれた金属サンプル、そして、この手紙の紙そのもの——両方とも、鑑識による分析が進んでいます。結果はまだ出ていませんが、これまでの分析の傾向からすると、本物と認定される可能性は、極めて高いと見ています」


「本物、というのは」


 結城の母親が、聞き返した。


「文字通りです。この紙も、金属も、地球上のどの産地、どの製法とも一致しない。つまり——お子さんたちは、地球上のどこかに拉致されたのではなく、地球以外の場所に、何らかの形で召喚された可能性がある、ということです」


 会議室が、再び静まり返った。


「もし、それが事実だとすれば——本件は、法律の対象にはなりません」


 神崎は、淡々と、それだけを告げた。


「誘拐や拉致を裁く法律は、この国の——いや、この星の中で起きたことを前提にしています。星の外で起きたことに対しては、適用できる法律が、どこにも存在しないんです」


 誰も、すぐには言葉を返せなかった。


 その沈黙の中、神崎は、もう一つ付け加えた。


「拓也くんは、今日はこの場には同席していません。ですが、彼から預かっている言葉があります」


 神崎は、一度、家族たちの顔を順に見た。


「黒塗りの部分でも、ある程度のことは伝わったと思う、と。本当のことを話しても、誰も信じてくれないと思っていた、まともな人間なら、信じられない話だと思っていたから——そう言っていました。黙っていたことについては、本当に申し訳なかった、と」


 その言葉には、これまで溜め込んできた重さが、間接的にではあっても、確かに滲んでいた。


―――


 会議が終わった後、別室で、拓也は家族たちと顔を合わせることになった。


 藪田に連れられて入った部屋には、結城の両親、皆川の両親、東條の両親、そして緒方の母が、それぞれ座っていた。


 拓也は、まず深く頭を下げた。


「黙っていたこと、本当にすみませんでした」


 顔を上げると、結城の母親が、まっすぐにこちらを見ていた。さっきまでの興奮は、まだ完全には収まっていない様子だった。


「……あなたが、一番大変だったのかもしれませんね」


 その一言は、拓也が予想していたものとは違っていた。


 皆川の母親は、何も言わずに、ただ何度も頷いていた。東條の両親は、相変わらず多くを語らなかったが、父親が一度だけ、軽く頭を下げた。


 緒方の母親が、最後に口を開いた。


「うちの息子は……ちゃんと、元気にしてますか」


「はい。元気です。向こうで、皆を支えてくれています」


 その言葉に、緒方の母親は、ようやく少しだけ、表情を緩めた。


 拓也は、その場に立ったまま、誰の顔も、まっすぐには見られなかった。それでも、これだけは、自分の言葉で伝えなければならないと思っていた。


―――


 藪田は、その後も、家族と拓也をつなぐ窓口としての役割を、引き続き担うことになった。立場が大きく変わったわけではない。それでも、以前のような半信半疑の態度では、もう、この役目は務まらないと、藪田自身も分かっていた。


―――


 その頃、経済産業大臣の倉持は、独自に動いていた。


 研究室から得た情報を手がかりに、金属の出どころに関わっていると思われる人物を、内々に調べさせていた。行き着いた名前は、国家情報局の——神崎。


 倉持は、秘書官を通さず、自分の携帯から直接連絡を入れた。


「お忙しいところ恐れ入ります。経済産業大臣の倉持です。少し、個人的にお話を伺いたいことがありまして」


 神崎は、その電話の意味を、すぐに理解した。


 ——もう一つの勢力が、こちらに気づいた。


「……いつでも、構いません」


 神崎は、それだけ答えた。


―――


 拓也の支援魔法を、一瞬だけ目にした時——神崎の中で、何かが小さく弾けた。


 手のひらに浮かぶ、淡い光。あれは、子供の頃、隠れて読んでいた漫画の中の世界そのものだった。


 神崎の家は、明治期の内務省に勤めていた頃から続く、官僚の家系だった。物心つく前から、勉強以外のものは、すべて「無駄」として遠ざけられてきた。漫画もアニメも、与えられたことはなかった。友人の家でこっそり読んだ一冊の漫画が、神崎にとって、唯一の「異世界」だった。


 大人になり、国家公務員として働き始めてからも、その密かな興味は、誰にも明かさずに持ち続けていた。表向きは、堅実で隙のない官僚として。だが、その奥には、ずっと、子供の頃のままの好奇心が、形を変えずに残っていた。


 今、自分が向き合っているのは、紛れもなく、本物の「異世界」だった。


 ——こんなに、仕事に充実感を覚えたことは、これまで一度もなかった。


 息子の安否を案じる父親としての気持ちと、長年抑え込んできた好奇心が満たされる感覚——その両方が、同じ重さで、神崎の中に存在していた。


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