第30話 光の球
会議室に家族たちを集める前に、神崎は藪田を伴って、拓也のもとを訪れていた。
「今日、これから話すことの中に、いくつか説明のつかない部分があります。簡単にでも、聞かせてもらえますか」
拓也は、しばらく黙っていたが、やがて、ゆっくりと話し始めた。
半年間、行方不明だった間に何があったのか。どうやって帰ってきたのか。なぜ、これまで何も話せなかったのか。そして——今も、向こう側とのやり取りが、何らかの形で続いているということ。
拓也は、自分でも説明できない部分は、最初から外した。それでも、語られた内容は、藪田にとって、簡単に飲み込めるものではなかった。
「……正直、信じてないですよ、俺は」
藪田は、薄い笑いを浮かべながら、そう言った。話半分、付き合い程度のつもりだった。
その時、拓也が、何も言わずに右手をかざした。
手のひらの上に、小さな光の球が、ふわりと浮かんだ。
「うわっ——」
藪田は、思わず椅子から滑り落ちていた。とっさに、光を避けようとした体が、勝手にそう動いていた。床に手をついたまま、しばらく動けない。
背中に、冷たい汗が、じわりと広がっていく。
「……今のは、何だ」
「説明できる部分の、一つです」
拓也は、静かにそう答えた。光の球は、すでに消えていた。
ーーー
会議室には、長机がいくつか並べられ、椅子が囲むように配置されていた。
最初に到着したのは、結城の両親と、見覚えのある男だった。以前、賢者の母親と共に学校を訪れた、あの法律関係の親族だという。
次に、皆川の両親。地元の人間らしく、落ち着いた様子で会場の隅に腰を下ろした。
東條の両親も、ほぼ同じ頃に現れた。道場主である父親は、相変わらず多くを語らないまま、軽く一礼するだけで席についた。
最後に、緒方の母親が、東京から一人でやってきた。
「皆さん、本日はお集まりいただき、ありがとうございます」
神崎が、会の冒頭で立ち上がった。
「私は神崎と申します。国家公務員として、藪田さんと同じ案件を扱う立場にあります」
その言い方には、わずかな含みがあった。藪田と「同業」と言われても、誰もそのまま信じてはいないだろう。物腰、言葉の選び方、そして——藪田自身の振る舞いが、それを裏付けていた。藪田は、神崎の隣で、必要以上に背筋を伸ばしたまま座っていた。
——かなり上の立場の人間だ、ということだけは、誰の目にも明らかだった。
その後、家族それぞれの自己紹介が続いた。緒方の母は、控えめな声で名乗るだけだった。皆川の両親、東條の両親も、それぞれ簡潔に言葉を交わす。結城の両親に同行した男は、今回も多くを語らなかった。
しばらくは、当たり障りのない世間話が続いた。子供たちの学校での様子、剣道部のこと、互いの近況。誰もが、本題に触れることを避けているようだった。
空気が、少しだけ和んできた頃——
神崎が、静かに口を開いた。
「これを、見てください」
手にしていた紙の束を、一人ずつに配っていく。
一枚の手紙のコピーだった。文面の一部は、黒く塗りつぶされている。原本は、現在、鑑識による鑑定中だという。
会議室の空気が、一瞬で凍りついた。
結城の父親が、最初にそれを読み終え、何も言えずに紙を握りしめた。皆川の母親は、口元を手で覆った。東條の父親だけが、長い沈黙の後、ようやく一言、「これは——」と漏らした。
藪田は、その様子を、何も言わずに見ていた。
拓也の手の上に浮かんだ、あの光の球を思い出す。あれが本物だとしたら、この手紙も、本物なのかもしれない。
——いや、もう、信じるしかないのか。
背中に残ったままの汗が、まだ少しだけ冷たかった。




