第29話 自前資源
緒方から転送された手紙は、拓也の手元に、思っていたよりずっと小さな箱で届いた。
箱を開けると、神崎から託された時と同じ、封のされていない一枚の手紙が入っていた。
拓也は、それを手にしたまま、しばらく動けなかった。
——これを、本当に渡していいのか。
不安は、いくらでも数え上げられた。神崎の父が、本当に味方になってくれるとは限らない。むしろ、これがきっかけで、何かが一気に動いてしまうかもしれない。拓也自身の判断ひとつで、向こうにいる五人の運命が、大きく変わってしまうかもしれなかった。
それでも——
拓也は、結城たちが、これを「全員で確認した上で」送ってきたことを思い出した。一人の判断じゃない。皆川の不安も、東條の慎重さも、神崎自身の覚悟も、全部が重なった上での結論だった。
——あいつらが決めたことだ。なら、俺がやるべきことは一つしかない。
不安より、わずかに大きな期待が、胸の奥にあった。もしこれが、本当に何かを変えるきっかけになるなら。
拓也は、手紙を、丁寧に鞄の内側にしまった。
―――
その頃、藪田は、神崎から新たな指示を受けていた。
「藪田さん。行方不明になっている生徒たちの家族に、個別に接触してもらえますか」
「個別に、というと」
「公式な場ではなく、まずは非公式に。家族同士が顔を合わせる機会を、作れないかと思っています」
「……家族会、みたいなものですか」
「そうですね。今は、それぞれの家族が、それぞれの形で抱え込んでいる状態です。情報を共有できる場があれば、不要な疑心暗鬼も減らせるはずです」
藪田は、その指示の意図を、半分も理解できていなかった。それでも、頷くしかなかった。
「分かりました。動いてみます」
―――
研究室からの報告は、形式上、首相の耳にも届いていた。
ただ、その扱いは、控えめなものだった。
現職の総理大臣・正木は、党内の権力闘争には誰よりも長けていたが、決断力に欠けるという評価が、支持率の低迷に直結していた。今の最優先事項は、来月に控えた党内人事と、低迷する内閣支持率への対応だった。
「未知の金属、ですか。担当の方で、適当に進めておいてください」
報告書に目を通したのは、わずか数十秒だった。正木にとって、それは優先順位の低い、数多くの案件の一つに過ぎなかった。
―――
一方で、その報告書に、別の角度から注目した人物がいた。
経済産業大臣の倉持、五十代。かつては首相候補の一人として名前が挙がっていたが、右派的な政治姿勢を理由に、党内では一定の距離を置かれている存在だった。
倉持は、資源政策を専門とする研究者でもあった。自前の資源を持たない国が、いかにして外部に依存せず生き延びるか——それが、彼の政治家としての原点だった。
報告書を読んだ倉持は、秘書官の制止を振り切り、自ら研究室に足を運んだ。
「この金属、本当に、出典不明なんですか」
「はい。分析した限り、既知のどの鉱床とも一致しません」
倉持は、サンプルを手に取り、しばらくその重さを確かめていた。
「……面白い。本当に、これが何かの代替になるなら」
彼は、まだ、神崎という男の存在も、その金属が辿ってきた経緯も、何も知らなかった。それでも、この金属の可能性に、誰よりも早く目を付けた人物の一人になった。




