第26話 裁く者はいない
返品処理で転送された箱が、緒方の部屋に届いたのは、拓也との通話から数日後のことだった。
箱の中には、洗浄の魔道具と引き換えに入っていたはずの、あの封をしていない手紙が、そのままの形で収まっていた。緒方は、それを手に取り、封がされていないことを確かめてから、丁寧に元の場所に戻した。
——中身は、見ない方がいいだろう。
緒方は、結城への密会の合図を送った。
―――
「これを、神崎に」
隠密の術で訪れた結城に、緒方はその手紙を差し出した。
「中は読んでいないから。そのまま渡してくれ」
「……分かりました」
結城は、手紙を受け取り、しばらくその重さを確かめるように見ていた。封のされていない一枚の紙が、これほど重く感じられるとは思わなかった。
―――
その夜、結城は神崎を訓練場の裏に呼び出した。
「これ、お前の親父さんから」
神崎は、しばらく手紙を見つめたまま、受け取ろうとしなかった。
「……親父から?」
「詳しい経緯は省くが、本物だ。中は、俺も読んでいない」
神崎は、無言で手紙を受け取った。封筒はなく、折られた一枚の紙が、そのまま差し出される形だった。
「少し、一人にしてくれ」
結城は、それだけ言って、その場を離れた。
しばらくして、神崎が再び結城のもとへやってきた。手紙は、もう一度丁寧に折り直され、上着の内側にしまわれていた。
「……読んだ」
神崎は、それだけ言って、しばらく黙っていた。
「中身は、聞かない方がいいか」
「いや……聞いてくれ。むしろ、誰かに聞いてほしかった」
神崎は、夜空を見上げながら、ゆっくりと言葉を選んだ。
「うちは、昔から、外で話せないことが多い家だった。親父の仕事のことも、家の中の話も、誰にも漏らすな、ってずっと言われて育った」
「……それは、初耳だな」
「だろうな。誰にも言ったことないし」
神崎は、一度、小さく笑った。自分でも、その響きが意外だったような笑い方だった。
「ここに来て、ふと思ったんだ。——誰が、俺を裁くんだろうって」
「裁く?」
「向こうじゃ、何か漏らせば、それなりの立場の人間が出てきて、それなりの罰がある。だけど、ここには、そんな仕組みは存在しない。だったら、俺が何を話しても、誰も裁けない」
神崎は、そこで一度、言葉を止めた。
「親父の手紙にも、同じことが書いてあった」
手紙には、こう書かれていたという。
——これを読んでいるということは、本当に、この手紙が、あの「もう一つの世界」に届いたことになる。今でも、半分は信じられない気持ちでいる。
——お前がいなくなってからの間、どれだけ案じていたか、うまく言葉にできない。それでも、こうして手紙を託せる手段が見つかったことに、今は感謝している。
——仕事の話は、何も書かない。お前も知っているように、うちの家は、昔から外で話せないことが多すぎた。だが、今のお前に、その縛りを及ぼす理由はない。
——お前を裁く者は、そこにはいない。何を話しても、何を選んでも、自由だ。
——無事でいてくれ。それだけで、十分だ。
「……その言葉を読んだ時、何かが、すっと軽くなった気がした」
神崎は、それだけ言って、また夜空を見上げた。結城は、何も言わずに、その横に立っていた。
―――
「あ、それと——テラ・マートの販売の方、ランクが上がって、送れるサイズがまた広がったんだ」
手紙の件を伝えに来た時とは別の日、緒方は密会の場で、結城にそんな話を持ち出した。
「販売って、地球に売る方ですよね。前は、かなり小さい物しか無理だったような」
「そうなんだよ。元々、百サイズが基本の上限でな。それが、ランクが上がるごとに、少しずつ緩くなっていく」
「具体的には、どんな物が」
「家具とか、寝具とか。手彫りのアンティーク調のやつとか、黒檀風の。革製品も、向こうじゃ見たことない毛皮のものが、ようやく売れるようになった」
「小山市限定、っていうのは変わらずですか」
「ああ、そこは変わらない。異世界の商品しか売れないし、生き物系は当然対象外だ。サイズの上限が上がっただけで、ルール自体は厳しいまま」
「仕入れの方は、どうなんですか」
「仕入れは、地球の市場から買う方だから、そもそもカテゴリ自体に縛りがないんだ。地球のものなら、理屈上は何でも対象になる。自動車だって、項目自体はもう画面に出てる」
「自動車……」
結城は、思わず聞き返した。
「今、実際に買えるのは、日用品、食品、DIY用品、ファッションってところまでかな。コスメとか、家電とか、エンタメ・ホビーとか、カーとか——ランクが足りない項目は、画面の中で暗く沈んで見える。買えるところだけ、明るく見えるんだ」
「ゲームのアンロックみたいですね」
「そう、まさにそれ」
緒方は、少し楽しそうに笑った。
「地球で仕入れた生地を、こっちの洋品店に卸して売ってるんだけどな。地球の生地、向こうじゃ珍しいみたいで、これが地味に儲かる」
「緒方さん、商売、向いてるんじゃないですか」
「向いてるかどうかは知らないが、できることが増えるのは、悪いことじゃない」
二人の間に、久しぶりに軽い空気が流れた。重い手紙の話の後だからこそ、こんな何気ない話題が、今は救いになっていた。




