第24話 封をしていない手紙
藪田が、グレーカレコ商事の客リストの聞き取りを終えたのは、二週間ほど経った頃だった。
地元の主婦、定年退職した男性、学生——リストに並んだ客たちは、どこまでも普通だった。「ちょっと不思議な雑貨」「説明書が変な日本語」「届いた時、ちょっと怖かった」といった、たいした実害もない感想ばかりが並ぶ。誰一人として、商品の正体について深く疑っている様子はなかった。
報告書を持って神崎の元を訪れると、神崎は黙ってそれに目を通した。
「ご苦労様でした」
それだけ言って、神崎は資料を脇に置いた。しばらく、何かを考え込むような沈黙が続いた。
「藪田さん。これは——まだ推測の段階なんですが、笑わずに聞いてもらえますか」
「……はい」
「この件、首相案件に昇格しました」
藪田は、しばらく言葉を失っていた。
「……商取引のトラブル相談みたいな話のはずだったんですが」
「表向きは、今もそうです。ただ、扱う側の認識は、もう違う段階に入っています」
神崎はそれだけ言って、それ以上は語らなかった。藪田は、自分が雑用だと思っていた仕事の重さに、今になって気づかされていた。
―――
数日後、拓也は三度目の呼び出しを受けた。
いつもの会議室には、神崎が一人で待っていた。藪田の姿はなかった。
「今日は、国家情報局の人間としてではありません。神崎隼人の父として、お話をさせてください」
拓也は、黙って頷いた。心臓が、ゆっくりと重くなっていくのが分かった。
神崎は、机の上に、何枚かの資料を並べた。鑑識の報告書らしき紙、配送記録の写し、そして——拓也の所持品だった、あの鋼材の分析結果。
「半年前、君の持ち物から見つかった金属。グレーカレコ商事が扱う商品の金属。成分は、ほぼ一致しています」
拓也は、何も答えなかった。
「配送方法も、共通点があります。配達員の記録がない。深夜にだけ現れる。そして、ある日を境に、文章でのやり取りが、何らかの形で切り替わったように見える、不自然な変化」
神崎は、一枚ずつ、資料を並べていく。名探偵が、最後の謎解きを始める時のような、静かで確信めいた口調だった。
「君は、半年間行方不明だった。その間、所持品だけが、この世界のどこにも存在しない金属でできていた。そして帰ってきてから、君はずっと、何かを隠している」
「……」
「これは、あくまで私の推測です。笑ってもらっても構いません」
神崎は、一度、深く息を吐いた。
「——どこかに、もう一つの世界があるんじゃないか。そこに、行方不明になっている人間が、まだ生きているんじゃないか」
会議室の空気が、一瞬、止まった気がした。
「もし、そうなら——力を借りたい。謎を解くことに、協力してもらえないだろうか」
拓也は、何も言えなかった。これまでで一番、直接的な問いだった。
——今だ。
拓也は、初めて、はっきりとそのつもりで、読心スキルを使った。あの時の後悔を、繰り返すつもりはなかった。
神崎の考えていることが、断片的に流れ込んでくる。
悪意は、どこにもなかった。ただ、未知のものへの純粋な好奇心——「異世界」という言葉に、どこか少年のような憧れすら抱いているのが分かった。オタク、という言葉が、拓也の頭に浮かんだ。それと同時に、もっと深い場所に、息子を探す父親としての、抑え込まれた焦りが見えた。
二つの感情が、同じ重さで存在していた。
拓也は、何も答えなかった。態度を保留にしたまま、神崎の目をただ見返した。
「……そうですか」
神崎は、それ以上は踏み込まなかった。
「今日は、ここまでにしておきます。また、伺います」
席を立つ間際、神崎は、上着の内側から、二つのものを取り出した。一つは、名刺ではない、手書きの電話番号だけが書かれた紙。もう一つは、封をしていない、一枚の手紙だった。
「もし、何かの形で——息子に、これを渡せる機会があったら。渡してもらえますか」
拓也は、何も言わずに、それを受け取った。
神崎は、それだけ言って、会議室を出ていった。
一人残された拓也は、封をされていない手紙を、しばらく見つめていた。読んでくれても構わない、という意味なのか。それとも、ただ封をする余裕がなかっただけなのか。
拓也には、まだ分からなかった。




