第22話 同じ姓
藪田が署長室に呼ばれたのは、午前の会議が終わった直後だった。
「藪田、お前に伝えることがある」
署長は、机の上に置かれた一枚の決裁書を、藪田の方に向けて差し出した。
「中野拓也の件、本格的にチームを組むことになった。お前も、そのまま入ってくれ」
「チーム、ですか。今までと、何が違うんです」
「上から来た話だ。詳しいことは、こっちにも全部は下りてきてない。ただ……」
署長は、決裁書の判の並びに、一度だけ視線を落とした。
「判の数を見れば、どこまで上がってる話かは、嫌でも分かる」
藪田は、その紙を手に取った。見慣れない印影が、いくつも並んでいる。県警本部はもちろん、その上にも、さらに上にも続いている並びだった。
「国家情報局の人間が、一人付くことになる。お前も、前に会っているはずだ」
その一言で、藪田の中で、ある記憶が繋がった。あの時、署長の出迎えも受けずに、単身で訪ねてきた男だった。
「……あの人ですか」
「そうだ。名前は、神崎」
神崎、という響きに、藪田の背筋が、わずかに伸びた。行方不明になっている少年の一人と、同じ姓だった。
ーーー
数日後、拓也は学校帰りに、藪田から呼び出しを受けた。
指定されたのは、いつもの取調室ではなく、署の奥にある小さな会議室だった。中に入ると、藪田の他に、もう一人の男が座っていた。スーツ姿の、五十代ほどの男だった。物腰は静かだが、座り方一つに、隙のない雰囲気がある。
「初めまして、ですね。神崎といいます」
名乗られた瞬間、拓也の中で、何かが繋がった。
——神崎。
パーティーにいる、あの勇者と、同じ姓だった。偶然だとは、もう思えなかった。
「私の仕事については、詳しくは言えません。ただ、今回の件を、上から預かっている立場だということだけ、理解してもらえれば」
拓也は、何も言わずに小さく頷いた。藪田は、隣で黙ったまま、二人のやり取りを見ていた。
「いくつか、確認させてください」
神崎は、淡々とした口調で質問を始めた。失踪していた半年間のこと、所持品の鋼材のこと。答えられる範囲で答えていく拓也に対して、神崎は一つも表情を変えなかった。
質問が一通り終わったところで、神崎は、ふと話題を変えた。
「ところで——最近、週刊誌の記者から、接触を受けていますね」
拓也は、わずかに驚いた。藪田の同期から聞いた話のはずだったが、まさかここまで詳しく伝わっているとは思っていなかった。
「……知ってるんですか」
「動きは、こちらでも把握しています」
神崎は、それだけ言って、一度、藪田の方に視線を向けた。藪田の顔にも、わずかな驚きが浮かんでいた。
「正直に言えば、あの記者を止めるのは、難しくありません。ですが、今のところは、好きに動かせておくつもりです」
「……どうしてですか」
「分かりやすく騒いでくれる方が、こちらとしては、何が漏れて、何が漏れていないかの目安になる。泳がせておく方が、都合がいいこともあります」
拓也は、その言葉に、背筋が冷たくなるのを感じた。記者の存在を、対処すべき脅威としてしか考えていなかった。だが、この男にとっては、観察対象の一つに過ぎないらしい。
——この人たちは、どこまで知っているんだ。
考えても、答えは出なかった。神崎の表情からは、何も読み取れない。
「今日はここまでにしておきます。また、何か聞くことがあれば、藪田さんを通じて連絡します」
神崎は、それだけ言って席を立った。会議室を出る間際、一度だけ拓也の方を見た。
「——お互い、無事に終わるといいですね」
その言葉に込められた意味を、拓也はまだ、掴めずにいた。
―――
その日の帰り道、拓也は、東條の実家が営む道場へ足を向けた。
古流剣術の型を初めて見せてもらった、あの日からの付き合いだった。剣道部の練習にはない、一本で決着をつける前提の動きに、拓也は気づけば暇を見つけて通うようになっている。
東條本人は、まだ向こうの世界にいる。その娘がいない道場に、自分が通い続けることを道場主がどう思っているのか、拓也にはまだ分からなかった。
道場主は、相変わらず多くを語らない人だった。
「来たか」
「お邪魔します」
それだけのやり取りで、稽古が始まる。今日も、特別なことは何もない。ただ、神崎との会話で冷えた何かが、型を繰り返すうちに、少しだけ落ち着いていくのが分かった。




