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異世界帰りの俺と、残された四人 ―テラ・マートは知っている―  作者: 山田村


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186/187

第186話 潜伏


 ノルデンガルド王国、王都西地区。


 馬を扱う商会の片隅で、ガルドは、荷運びの下働きとして、日々を、過ごしていた。


 父ドラヴァスからの、合流の誘いを断ってから、数日が経つ。


「父上には、悪いことを、したかもしれんな」


 積み荷を運びながら、ガルドは、独り言のように、呟いた。


 この商会の主人、テオドールは、ガルドの正体を知りながらも、変わらず、匿い続けてくれている。


「ぼんやりしてると、また、荷を落とすぞ」


 テオドールの、ぶっきらぼうな声が、飛んでくる。


「すみません」


 ガルドは、慌てて、姿勢を、正した。


 この場所に、留まり続ける理由は、一つ、あった。


 商会に、時折、出入りする、王城の下働きの娘——ミラから、聞いた、一つの噂だった。


「近頃、城の奥で……夜ごと、見慣れない儀式のようなものが、行われているらしいんです」


 初めてその話を聞いた時、ガルドは、半信半疑だった。だが、噂は、一度や二度では、なかった。


「見に、行ってみたいのだが」


 ガルドが、そう切り出すと、ミラは、しばらく、躊躇っていた。


「危険、ですよ」


「分かっている。だが……確かめないわけには、いかない」


 その夜、ガルドは、ミラの手引きで、城の外周に、近づいた。


 闇に、身を潜める。


 篝火に、照らされた、奥の広間——そこに、数人の重臣たちが、跪いていた。見たこともない、紋様の前で、何事かを、唱えている。


 ガルドは、息を、殺した。


 その時だった。


 跪く重臣の一人の、輪郭が——揺らいだ。


 一瞬、人の形が、崩れかけ、そして、また、元に戻る。


 ガルドは、思わず、口元を、押さえた。声を、上げそうになったのを、辛うじて、堪える。


 決定的な証拠とまでは、言えない。だが、ガルドの中で、疑念は、確信に近いものへと、変わっていった。


 ——ノルデンガルドの中枢にも、既に、あの影が、及んでいるのかもしれない。


 その場を、離れながら、ガルドは、拳を、握りしめていた。


ーーー


 商会に戻ったガルドは、震える手を、抑えながら、テオドールに、事の次第を、伝えた。


「……そうか」


 テオドールは、しばらく、黙り込んでいたが、やがて、静かに、頷いた。


「その話、儂も、預かろう。だが——一人で、抱えるな。お前の父上に、伝えるべきだ」


「ですが、僕は、まだ、ここでやるべきことが……」


「情報は、抱え込んでいても、何にもならん。伝えて、初めて、意味を持つ」


 テオドールの言葉に、ガルドは、しばし、目を伏せた。


 合流の誘いを、断った。まだ、ここに、留まる理由があると、そう言った。


 だが——一人で、抱え続けることと、伝えないこととは、違う。


「……分かりました」


 ガルドは、端末を、取り出した。


「父上、聞こえますか」


 しばしの沈黙の後、聞き慣れた声が、返ってくる。


「ガルド? どうした、こんな時間に」


「見つけました。……多分、父上たちが、探しているものの、尻尾を」


 その声には、これまでにない、緊張と、確かな手応えが、滲んでいた。


 潜伏を選んだ息子が、初めて、自らの意志で、父の元へと、糸を、手繰り寄せようとしていた。


ーーー


 同じ頃、ノルデンガルド王国の、別働隊の陣営でも、動きがあった。


 焚き火を囲む一団の中心に、数人の勇者たちの姿がある。


「北の魔王が、グレーカレコ王国に、匿われている——確かな筋からの情報だ」


 隊長格の勇者が、地図を広げながら、そう告げた。


「あの、北の国の魔王ですか」


「ああ。人族を虐げ、恐怖で支配していた——そう、伝えられている」


「見過ごすわけには、いきませんね」


 若い勇者の一人が、剣の柄に、そっと手を添えた。


「我々の使命は、悪を討つこと。魔王を匿う国があるというなら、そこへ、向かうまでだ」


 隊長格の勇者は、迷いのない声で、そう続けた。


「グレーカレコ王国へ、進軍する」


 その決定に、異を唱える者は、誰一人、いなかった。


 彼らは、まだ、知らない。


 自分たちが仕えるこの国の中枢にも、人の姿をした、本物の魔族が、入り込んでいることを。


 そして、彼らが討とうとしている「魔王」が——かつて、人族の侵略から、何度も、民を守り抜いた者であることを。


 純粋な使命感だけを胸に、勇者たちの軍は、静かに、南へと、動き出していた。


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