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異世界帰りの俺と、残された四人 ―テラ・マートは知っている―  作者: 山田村


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第183話 正体



 翌日、緒方はレナートの一行にいた、例の不審な人物——ヴィムと名乗る初老の従者に目を向けた。


 神の目を使い、しばらくその動きを追う。


 これといって怪しい動きは、見られなかった。ただ——夜になると、決まって部屋の隅で、何かに向かって小さく祈るような仕草を繰り返していることに、緒方は気づいた。


「あれは……何をしているんだ?」


 映像を見ていたドラヴァスが、眉をひそめる。


「儂の知る祈りの所作とは、違うな」


 結局、ヴィムを直接、呼び出すことになった。


「怪しい動きをしている、というつもりはない。だが、何か隠していることが、あるだろう」


 緒方がそう切り出すと、ヴィムの顔からみるみる血の気が引いていった。


「話す気がないなら、無理にとは言わない。だが……信用してもらうためにも、これを使わせてもらえないか」


 差し出したのは、自白の魔道具だった。


 ヴィムはしばらく、震える手でそれを見つめていた。だが、やがて覚悟を決めたように頷く。


「私が、お仕えしていた方は……先帝の甥にあたる御方でした。内戦の、そもそもの発端を知る、数少ない生き残りです」


 ヴィムはそこで、一度言葉を切った。


「あの内戦は……本当の意味での、王位争いではありません」


「どういうことだ」


「先帝が、周辺国との緊張の高まりを受け、独自に勇者召喚を行いました。ノルデンガルドとは、また別の——帝国だけの勇者です」


「帝国にも勇者がいたという話は、確かに耳にしたことがある。裏は取れていなかったが」


 緒方の言葉に、ヴィムは頷いた。


「はい。彼らは圧倒的な力で、周辺の脅威を退けました。誰もが彼らを英雄として、崇めていました。……ですが」


「ですが?」


「ある夜、私の主が、たまたま彼らの真の姿を目にしてしまったのです」


 ヴィムの声が震える。


「人の姿は……仮初めのものでした。あれは……魔族です。この世界でそう呼ばれる者たちと、同じおぞましい姿をしておりました」


 その場に重い沈黙が落ちた。


「彼らは、人の皮を被り、帝国の中枢に入り込んでいたのです。真実を知った者から、順に……粛清されていきました。私の主も、その一人です」


「それで、内戦は王都だけで収まっていたのか……」


 緒方が思わず呟く。


「はい。恐らく——彼らにとって都合の悪い者を、始末しているだけなのでしょう。内戦などという生易しいものではないのだと、私は思っております」


 ドラヴァスは、しばらく黙り込んでいた。


「……昔から言い伝えられておる。人の姿をまとうことのできる魔族がいるとな。儂も、おとぎ話だと思っておった」


「本当に、いたということですか」


「そのようだ」


 ドラヴァスの声には、これまでにない重みがある。


「連中の狙いは、恐らく玉座そのものだろう。人の姿のまま帝位に就いてしまえば……誰も疑わん」


 その言葉に、緒方は背筋が冷たくなるのを感じた。


 レナートの一族が粛清された理由も、これで繋がる。真実に近づきすぎた者から、消されていったのだ。


ーーー


 この情報は、すぐに王城へと届けられた。


 王妃は報告を受け、しばらく言葉を失っていた。


「魔族が……人の姿で、帝国の玉座を狙っている……」


 傍らの宰相も、顔色を失っている。


「陛下。これが事実であれば……」


「分かっています」


 王妃は静かに、目を閉じた。


「ですが——迂闊に動くわけには、いきません。かつて、私たちも偽りの伝説一つで、ドラヴァス殿を追い詰めてしまった。同じ過ちを繰り返すわけには……いかない」


 確たる証拠もなく、これを表沙汰にすれば、今度はこちらが、いわれのない疑いを帝国に向けることになりかねない。


「まずは密かに、調べを進めましょう。事実であるという、確証を得るまでは」


 王妃の言葉に、宰相は深く頭を下げた。


 静かに、しかし確実に——世界の均衡を揺るがす大きな影が、動き始めていた。


ーーー


 レナートの受け入れ、そしてヴィムの証言——これらが片付く間もなく、また一つ新たな来訪者があった。


 商会長を名乗る一人の男が、供も連れず単身、屋敷の門を叩く。


「お初にお目にかかります。噂を聞きつけ、遠方より参上いたしました。ぜひとも、テラ・マートとの正式な取引口座を、開設いただきたく……!」


 その勢いに、応対に出た緒方は思わず額を押さえた。


「今は……本当に、勘弁してくれ」


 だが、男は怯む様子もなく、にこやかに続ける。


「無理は承知の上です。ですが、これほどの品揃え、これほどの供給力——見過ごすには、あまりに惜しい。我が商会と、正式な取引の場を設けていただけないでしょうか」


 男の名は、ゴドフリーと名乗った。どこの国の者かは、はっきりとは言わない。


 緒方は内心、頭を抱えていた。


 皇族の亡命者。帝国に潜む正体不明の脅威。そこに今度は、商売の話まで転がり込んでくる。


「少し時間をいただけますか。今は、立て込んでいまして」


「もちろんです。急ぎはいたしません」


 ゴドフリーはそう言って、深々と頭を下げた。だが、その笑みの奥に何を隠しているのかは、緒方には読み取れない。


 部屋の隅で話を聞いていたエレーナが、緒方にそっと耳打ちした。


「緒方様。あの方、本当に噂だけを頼りに、単身で?」


「……お前も、そう思うか」


「ただの商人にしては、随分と間合いが良すぎます」


 ドラヴァスの一件、レナートの一件、そして魔族の影——立て続けに起きている出来事のその真っ只中に、まるで計ったように現れた男だった。


 偶然か、それとも——。


 緒方はひとまず丁重に、日を改めるよう伝え、ゴドフリーを見送る。だが、その背中を見つめる目には、隠しきれない警戒の色が浮かんでいた。


ーーー


 その夜、緒方は端末越しに、結城たちに事の次第を伝えた。


「帝国の勇者たちが……魔族?」


 神崎の声が、端末の向こうで固くなる。


「ああ。少なくとも、証言ではそうなっている」


「確かな話なんですか」


 東條の問いに、緒方は頷いた。


「自白の魔道具を使った証言だ。嘘は言っていないはずだ」


 しばらく、端末の向こうで沈黙が続いた。


 最初に口を開いたのは、ケインだった。


「……納得は、いく」


「ケイン?」


「ガラニア国にいた頃、噂で聞いたことがある。帝国の勇者は、他国の召喚とは少し毛色が違うと。表に出てくることが、ほとんどない、と」


「表に、出てこない?」


「普通、勇者ってのは、民の前に立って力を示すもんだ。だが、帝国の勇者は、そういう話がほとんど伝わってこなかった。当時は単に、秘密主義な国だからだと思ってたが……」


 ケインはそこで、言葉を切った。


「今の話を聞くと、腑に落ちる。人前にあまり出られない理由が、あったんだろうな」


 皆川が不安げに、両手を握りしめる。


「もし……本当に、そんなものが……」


「まだ確証じゃない」


 緒方が努めて、落ち着いた声で続けた。


「王妃様も慎重に動くと、言っている。今は、お前たちも、いつも通りに過ごしてくれ。ただ——」


「ただ?」


「何か妙な動きに気づいたら、すぐに知らせてほしい。特に——帝国絡みの話には注意しておいてくれ」


 全員が、それぞれの表情で頷いた。


「それと、もう一つ。最近、妙な人物が店を訪ねてきた」


 緒方はそう切り出すと、ゴドフリーの一件を手短に話した。


「商会長を名乗る、ゴドフリーという男だ。聞き覚えはあるか」


 その名前に、ケインの表情が変わる。


「……ゴドフリー」


「知ってるのか」


「噂程度だが……いくつかの国を渡り歩いてた頃、聞いたことがある。表向きは商会長。だが、裏では情報を右から左に流す、仲介屋だとも」


「情報屋、か」


「金さえ積めば、大抵のことは嗅ぎ回ってくれる——そういう評判だった。どこの国にも肩入れしてるわけじゃない。中立を装って、両方から金を取る、そういうタイプだ」


 緒方は思わず、眉根を寄せた。


「なるほどな……道理で、間合いが良すぎたわけだ」


「気をつけた方がいい。あいつが動く時は、大抵、裏で何かが動いてる時だ」


 ケインの忠告に、緒方は静かに頷く。


 商売の話だけでは、済まないかもしれない——その予感は確信に近いものへと、変わりつつあった。


 端末越しの沈黙の中に、これまでとは違う種類の緊張が、静かに広がっていた。

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