第18話 同じ穴に落ちれば
緒方が、結城に直接会う方法を考え始めたのは、中野との通話を終えた、その日のうちだった。
テラ・マートの専用通信機能は、地球側との接続専用らしく、こちら側の人間には使えない。賢者たちに伝えるには、別の手段が必要だった。
幸い、緒方には、もう一つの伝手があった。魔道具店の常連客の中に、王城の下働きをしている若い役人がいる。世話焼きな性分で、よく緒方の身の上を気にかけてくれていた。
「結城様に、ちょっとした伝言を渡してもらえないか」
頼み込むと、若い役人は少し迷った様子を見せたが、最終的には頷いてくれた。
数日後、返事が来た。日時と場所だけが記された、短い紙片だった。
ーーー
結城が、宿舎を抜け出すのは、簡単ではなかった。
訓練の合間、わずかな自由時間を見つけ、結城は身につけたばかりの小さな魔法——気配を薄める、簡易な隠密の術——を使った。完璧とは言えないが、見張りの目を一瞬逃れるくらいなら十分だった。
指定された場所は、緒方が働く魔道具店の裏手だった。
「来てくれたか」
緒方が、ほっとしたような顔で迎える。
「あまり時間がありません。何の用件ですか」
「中野くんのことだ。——生きてる。地球に帰れたらしい」
結城は、しばらく言葉を失った。
「……本当ですか」
「ああ。声も聞いた。元気そうだった」
結城は、その場に立ったまま、しばらく動けなかった。半信半疑のまま、何度も同じ言葉を頭の中で繰り返す。
生きてる。地球に、帰れた。
それだけの事実が、これまで積み重ねてきた諦観を、少しずつ押し返していくのが分かった。
その夜、結城は神崎たちに、緒方から聞いた話を伝えた。
「中野が、生きてるって。緒方さんが、確かめたらしい」
最初は誰も、すぐには信じられなかった。
「本当に? あの後、何の手がかりもなかったのに」
神崎が、念を押すように聞き返す。
「テラ・マートとかいう、緒方さんのスキル経由らしい。詳しいことは、まだ分からない」
皆川は、その場に座り込んだまま、何度も小さく頷いていた。目の縁が赤くなっていたが、それは、これまでとは違う種類の涙だった。
「良かった……本当に、良かった」
ずっと抱えていた何かが、少しだけ軽くなったような声だった。
その夜、誰かが、ふと口にした。
「中野は、罠に落ちて、地球に帰れたんだよな」
「……ということは」
東條が、言葉を継いだ。
「同じような罠に落ちれば、俺たちも、帰れるんじゃないか」
その場の空気が、一瞬、変わった。
結城は、すぐには答えなかった。可能性としては、ゼロではない。だが、同じ条件を再現できるかどうかも分からないし、もし違う場所に落ちたら、二度と戻れないかもしれない。
それでも、その問いは、一度浮かんでしまえば、もう誰の頭からも消えなかった。




