第17話 届かなかった手
結城遼(賢者)は、ダンジョンの三層目を進みながら、頭の中で計算を続けていた。
召喚されてから、もう数ヶ月が経っていた。最初はぎこちなかった連携も、今はそれぞれの役割が、ある程度馴染んできている。神崎隼人(勇者)が前衛で道を切り開き、東條雪乃(剣聖)がその脇を固める。皆川澄香(聖女)が後方から支援を入れ、結城自身は範囲魔法で数を減らす。最後尾の警戒は、いつも中野拓也だった。
その日も、いつもと変わらない攻略のはずだった。
前を歩いていた皆川澄香の足元が、不意に沈んだ。
「澄香!」
神崎が、反射的に駆け寄ろうとする。だが、距離が足りない。
最も近くにいたのは、最後尾を警戒していた中野だった。
中野は、一瞬の判断で皆川の体を引き寄せ、神崎の方へ突き出すように放った。皆川の体が、神崎の腕に受け止められる。
代わりに、中野自身の足元が、崩れた床と共に消えていった。
「中野!」
東條の声が、ダンジョンの中に響いた。
結城も、慌てて穴の縁に駆け寄った。だが、覗き込んだ先は、底の見えない暗闇だった。
「中野、聞こえるか!」
神崎が叫ぶ。返事はなかった。
誰かが縄を結んで降ろそうとしたが、長さが足りなかった。皆川が光の魔法で底を照らそうとしたが、光は途中で何かに吸い込まれるように消えた。東條は、剣の柄を握ったまま、何度も穴の縁を歩き回っていた。
結局、何もできなかった。
帰り道、誰も多くを話さなかった。皆川は、何度も同じ場所を振り返っていた。神崎は、ずっと拳を握ったままだった。東條は、唇を噛んだまま、前だけを見て歩いていた。
「私が、足元をちゃんと見ていれば」
皆川が、ようやくそれだけ口にした。誰も、それに答えられなかった。
結城は、頭の中で、これまで読んできた異世界小説の展開を思い出していた。テンプレ通りなら、こういう犠牲は、たいてい予定された展開だ。だが、実際に目の前で起きると、テンプレも何もなかった。ただ、一人、消えた。それだけだった。
城に戻り、事故の報告をした担当官は、慣れた様子で書類に何かを書き込みながら、
「ダンジョンでは、よくあることです。残念ですが」
とだけ言った。それ以上の言葉はなかった。
結城は、その態度に、改めて確信した。
——やっぱり、テンプレだ。俺たちは、使い捨てなんだ。
その夜、結城は一人、宿舎の部屋で考え込んでいた。中野が消えた穴の底に、何があったのか。生きているのか、死んでいるのか。確かめる手段は、今の自分たちには何もない。
ただ、緒方のスキル——テラ・マートとかいう、まだ使えもしない代物——が、もし本当に何かと繋がっているなら。
結城は、その可能性だけを、頭の隅に留めておくことにした。




