第178話 膿出し
鷲尾が総理になって初めての国政選挙は、マスコミに叩かれながらも、単独で過半数を維持した。
前総理の衆参同日選挙では、連立を組むことでかろうじて与党を維持していた。だが、今回の参議院選挙で持ち直したことにより、与党としての力を、改めて取り戻すことができたのだ。
そして、鷲尾は、党内外に潜む「外敵」にターゲットを絞り、調査を開始する。米国からもたらされた調査資料をもとに、再調査と独自調査を重ねた結果が、鷲尾の元へと渡り——摘発に取り掛かった。
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まず手をつけたのは、放送局だった。
放送法違反、そして外国人出資比率の規定違反——長らく黙認されてきた実態が、次々と明るみに出る。該当局には、二十四時間の停波処分が下された。役員は総退陣に追い込まれ、電波の使用料も、大幅に引き上げられることとなる。
追い打ちをかけるように、複数の大手スポンサーが、相次いで番組提供から撤退した。企業イメージの毀損を恐れての判断だった。
さらに、別件で、ある局の役員が、児童買春・児童ポルノ禁止法違反の容疑で逮捕される。この一件は、局全体の信頼を、決定的に失墜させた。
内部からも、綻びが表面化する。放送労働組合の会計をめぐる不正が発覚し、組合費の私的流用が明らかになった。
そして、最も深刻だったのが、外国勢力によるプロパガンダ工作の発覚だった。特定の報道番組が、国外の情報機関と連携し、世論誘導を目的とした偏向報道を組織的に行っていた実態が、押収された内部資料から浮かび上がる。
放送内容の自主規制を担ってきたBPO(放送倫理・番組向上機構)も、無関係ではいられなかった。審議の過程で、特定局に有利な裁定が繰り返し下されていたことが発覚し、組織そのものが解体されることとなる。
一連の膿を出し切った末に下されたのが、公共放送局の民営化決定だった。受信料制度に支えられてきた組織のあり方は、ここに、大きな転換点を迎えることになる。
事態は、放送局の外にも波及していく。
大きな話題を呼んだのが、フォロワー数百万人を誇る、著名インフルエンサーの逮捕だった。容疑は、スパイ防止関連法違反——国外の情報機関に、政治・経済に関する情報を継続的に提供していたとされる。表向きは、明るく親しみやすい発信者としての顔を持つだけに、世間の受けた衝撃は大きかった。
捜査の手は、これを監督する立場にあった総務省にも及ぶ。現役職員に加え、天下りした元幹部までもが逮捕される事態に発展し、許認可権限と、業界との癒着の構図が、白日の下に晒された。
さらに、インフルエンサーの案件に絡み、大手広告代理店からも逮捕者が出る。案件の斡旋を巡る、不透明な資金のやり取りが発覚したためだった。これを受け、複数の企業が、当該代理店との取引を見直し、広告出稿を次々と引き上げていく。
芸能界にも、メスが入った。大物と目されていた芸能関係者による買春が摘発され、加えて、大手芸能事務所の組織的な脱税が発覚する。テレビの画面から、見慣れた顔が、次々と姿を消していった。
「一体、どこまで根が張っているんだ……」
側近の一人が、積み上がる資料を前に、思わず呟いた。
「膿は、出し切るまで、止めん」
鷲尾は、静かに、そう答えた。
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だが、テレビ局側の抵抗も、生易しいものではなかった。
自局や系列局に関わる内容だけは、一切、報道しない——そんな露骨な情報統制が、複数の局で、示し合わせたように行われていたのだ。国民の知る権利を、局側の都合で握り潰す暴挙に、鷲尾は、三日間の停波を命じる。
その間隙を埋めるべく、政府は、臨時の国営放送を立ち上げた。停波の三日間、一連の摘発と処分の内容を、包み隠さず放送し続ける。
SNS上では、以前から、断片的な情報が飛び交っていた。だが、テレビだけを信じてきた七十代以上の層にとっては、それすらも届かない、まるで別世界の出来事だった。臨時放送は、そうした人々を、ようやく「知らないまま」という状態から解き放つことになる。
「テレビさえ見ていれば安心——そういう時代は、もう終わったんだな」
側近の一人が、しみじみと、そう漏らした。
「いや」
鷲尾は、静かに首を振った。
「終わらせたのは、局の連中自身だ」
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摘発の手は、放送・メディア関連だけにとどまらなかった。
与党内の派閥に長年巣食っていた、政治資金規正法違反——いわゆる裏金問題。大手ゼネコンによる、公共事業の官製談合。防衛装備品の調達をめぐる、水増し請求。検察・警察の一部と政治家との癒着。そして、安全保障上、看過できない区域にまで及んでいた、外国資本による不透明な土地買収——並行して進められていた、これらの捜査も、着々と、実を結びつつあった。
鷲尾の元には、日を追うごとに、新たな資料が積み上がっていく。
ーーー
拓也は、緒方に結婚の連絡を入れた。葵も、雪乃宛てに、ビデオレターを送っている。
その後、二人は、今の日本の騒動についても、緒方に伝えた。
緒方は、冷静に、こう言っていた。
「今まで、おかしいと思っていたことが、現実として突きつけられて——正常に向かっていく、転換期なんじゃないか」
実際、事態は、放送・メディア関連にとどまらなかった。検事、弁護士、裁判官までもが、汚職で逮捕される。国会で行われた、鷲尾総理への不正献金に関する証人喚問では、証人自らが悪事を包み隠さず語った上、「沢田衆議院議員の指図で、鷲尾総理を嵌めるための狂言だった」と証言するなど、目まぐるしい展開が続いていた。
やはり、契約の魔法や、自白の魔道具は、今の日本において、絶大な効果を発揮する。『偽証をしない』と宣誓しても、するものはする——だが、宣誓の代わりに自白の魔道具を使えば、国会でも、警察でも、検察でも、時間の短縮になるし、誤認逮捕もなくなるはずだった。
鷲尾総理の与党も、辞職者の増加で、ガタガタになっていた。それでも、野党は、存在自体が危ぶまれる状態だった。総理も、国営放送で「膿は出し切る」と、改めて宣言していた。
「緒方さんのお母さんも、今回の騒動で、テレビの嘘に気づいたって言ってた」
「今までの騙しは、もう通用しなくなると思う」
緒方は、そうも話していた。拓也と葵は、SNSで、昔から薄々気づいていたが——高齢者にも「未だに知らない」と言う人が、これから減っていくのではないかと思った。
ーーー
東京での用事を済ませた二人は、再び、中東のデーツを土産に、宮下の部屋へとやってきた。
葵との結婚を、報告する。
「いやー、先を越されたなー」
宮下が、そう言って氷室を見るが、氷室は、素知らぬ顔で無視していた。
この部屋でも、政治の話で持ちきりのようだ。今、一番の話題なのだろう。
「教育が悪いのよ」
氷室が、そう言う。
「アメリカだろ」
宮下が、混ぜっ返す。
「アメリカの、どこが悪いのか分かっているの?」
「全部だろ?」
「あー、これだから。宮下、共和党と、民主党の違い、知ってるの?」
「……」
「だから、教育が悪いのよ。きちんとした歴史教育をしていないし、愛国心も教えない国なんて、日本くらいよ」
宮下は、沈黙していた。
「拓也は、分かるよね」
「はい、基本的なことは」
「ほらね。今年は、実家に帰って、家業を継ぎなさい」
氷室が、そう言う。
「帰るんですか?」
「獣医の就職が、厳しくてね。獣医と、お茶屋の兼業は、できないから」
宮下も、悩んでいるようだった。
「氷室さんも、ついて行くんですか?」
葵が、そう聞くと、
「ん! こいつ次第よ」
と、宮下を睨めつけた。
その様子を、拓也と葵は、顔を見合わせながら、微笑ましく見つめていた。




