第177話 絆
緒方は、ドラヴァスの仕事用に部屋を整え、一日数万個の充填を完了するシステムを構築した。
一日、数分の作業だけで、一日分の生産をこなしてしまう——その脅威的な魔力量に、緒方は当初、驚愕した。転生勇者達に匹敵するほどの魔力持ちだったのだ。だが、今では、すっかり慣れたものである。
その日の数分の作業を終えたドラヴァスは、敷地内をふらついていた。
「お館様、ガルド様とフィリア様をお探しにならないのですか?」
ガインが、そう進言する。
「何、互いに出来る者達じゃ。いずれどこかに潜伏するか、ここにたどり着く者もおるかもしれん。ガイン、そう心配するな」
そんな話し声が、聞こえてきた。緒方は、ドラヴァスの予測を確認したくなり、声をかけた。
「お身内が、行方不明なのですか?」
「あー、適当に逃走中だ」
「何か、お手伝いできるかもしれません。どの辺にいるか、予想できますか?」
緒方が、尋ねる。
「手伝い? 誰かを派遣するのか? そんな危険な真似は、おすすめ出来ない」
「いえ、確認したいだけです」
「え、確認とな? ちと待っとれ」
ドラヴァスは、しばし沈黙してから、答えた。
「息子ガルドは、ノルデンガルド王国の王都におるの。たぶん、西地区の部族の商会に、潜伏していると思う。娘フィリアは、この国の飛び地——鉱山がある宿にいるな。たぶん、この国を目指していると思う」
「分かりました。こちらにおいで下さい。ここから先は、我が家の秘密の部屋になります」
緒方は、そう言うと、執務室の奥へと案内した。パソコンを立ち上げると、モニター画面が表示された。
「なんじゃ、これは? 絵が、現れた」
ドラヴァスだけでなく、ガイン、普段はおとなしいリエラまでもが、驚いていた。緒方は、画面を切り替えて、地図を表示した。
「これは、地図か?」
ドラヴァスが、気づいたように、そう漏らす。
「えーと、ノルデンガルド王国の王都の西地区……」
緒方は、そう言いながら、画面をズームしていく。
「なんじゃ、これは。鮮明な絵は……」
「部族の商会は、どの辺か分かりますか?」
緒方が、尋ねた。
「リエラ、教えてくれ」
「はい、お館様。西門から伸びた道を進み、三番目の区画で北に向かう道に入ると、広場があります。その中心に噴水があり、そこから真西にある、馬を扱う商会が、部族の商会になります」
「これかな」
緒方は、そう言って、画面をズームした。
「もっと、寄りますね」
「なんじゃこれは、人が動いているぞ! 緒方、説明しろ!」
ドラヴァスが、珍しく、声を荒げた。
「これは、我らの技能——言わば『神の目』と言うものです」
「何とも、えげつない力だ。神が空から見ているのか、これは王妃が管理しているのか。軍の動きも丸見えじゃな。これは、敵わん」
ドラヴァスが、そう言う。
「ドラヴァス様の予測では、この辺りですかね? あいにく、上空からだけでは個人の特定は無理です」
「いや、身内の勘で、ここにいると思う。奥の馬小屋にいる数人が、息子ガルドとその連れだと、推測する」
「そうですか。では、飛び地に画面を変えます」
「緒方よ、その前に、我が国を見せてくれ」
「では、北の国へ移動します」
緒方は、北の国の全体像からズームし、王都を見せた。
「ノルデンガルド王国の大軍は撤退して、中隊のみか! 意外に少ないな。ここを管理する気はないように思える。特に被害はなさそうだ、住民も戻り生活をしている様に思える。勇者の進軍は無駄だったようだな。では、飛び地に頼む」
緒方は、飛び地に画面を移動した。鉱山近くの、管理者の邸宅を中心に、外側には衛兵、魔術師、技師の家が連なり、さらに数件の宿屋と、労働者の住宅が広がって、鉱山の街を形成している。緒方は、町の要所に設置しているカメラの映像に、画面を切り替えた。人通りのある定点カメラの映像を、観察する。
「ここが飛び地の街の様子になります。衛兵の詰所から見た映像で、奥に宿屋も映っています」
「なんと、町の様子が見えるのか」
為政者が初めてこれを見た時の反応は、どれも同じだ——緒方は、そう思ったが、言葉にはしなかった。
「町の人たちが見えるように、少し寄りますね」
緒方が、言う。
「お館様、姫様が歩いています。お付きの者なども、数名確認できます」
リエラが、言う。
「おー、そうじゃ。間違いない」
「ドラヴァス様、代官に伝えて保護しますか?」
「できるのか?」
その問いに、緒方は頷き、代官のロルフ・カイデン騎士爵に、連絡を入れた。しばらくして、ロルフ・カイデン騎士爵は、フィリア姫に丁重に対応した。緒方は、ドラヴァスに端末を渡し、ビデオチャットをしてもらった。
「儂じゃ、聞こえるか」
「お父様、今どちらに? そしてこれは、何?」
驚いた娘の声が、返ってきた。
「詳しい事は知らん。儂は、グレーカレコ王国の王都におる。フィリアよ、ロルフ・カイデン騎士爵に、数日保護してもらえ。詳しい事は、後日になる。皆は、息災か」
「はい。無事です」
その一言に、ドラヴァスの肩から、わずかに力が抜けたのが、緒方にも分かった。
ーーー
映像越しの再会を終えた後、緒方は、侯爵に連絡を取り、迎えの一行を向かわせた。
はじめは転送を提案したが、安全を考慮し、車二台で飛び地へと向かわせることにした。ガルドとフィリアは、今、この国の王都に滞在している。
ーーー
ここ数日で、葵の体の変化が落ち着いてきている。
特別、見た目が変わったわけでもない。それでいて、ただの女性には見えない——そんな不思議さがあった。筋肉を鍛えた風には見えない、隠れた筋力というやつだろうか。拓也の知識では、到底理解が及ばない。
神崎の勧めで、医療センターでの簡単な検査を受けたところ、結果は「異常なし」。健康体、それも申し分のない評価だった。あわせて行った体力測定でも、基本の走る・跳ぶ・握力・背筋力、すべてが男子トップ選手並みの数値を叩き出す。ちなみに、百メートルの記録(九秒台)については、伏せてもらうことにした。
特に葵が拘っていた剣道では、警視庁から紹介された、数年前に現役を引退した元日本タイトル保持者が相手になってくれた。結果は互角。この一戦が、本人の自信につながったのだろう——最近は、大会をあまり意識しなくなっている。自宅の道場で、拓也や門下生たちと稽古を重ねる、それだけで満足のようだ。
県の関係者からは、拓也・葵、二人の大会出場を望まれることもある。だが、本人が望まないのなら、それまでだ。
ーーー
そこから数か月後、拓也は、アメリカの要請で中東にいた。
都市から少し離れた場所に、湖を作る計画——それに参加している。
今回の予定地には、防砂フェンスが張り巡らされ、整備が進む。アメリカ政府から「拓也が施術を行う」と伝えられた中東の王族が、見学にやって来ていた。
魔法を使う術者を、彼らがどんな気持ちで見ているのかは分からない。それでも、見守る視線の中、核廃棄物を触媒に、半永久的な湖が少しずつ姿を現していく。その様子を目の当たりにした王族は、思わずといった様子で奇声を上げ、歓喜していた。
当初、王族たちは、この話をまるで信じていなかったという。だが、アメリカ軍が数年前に行った実験の成功——時間が経っても水が枯れなかったという事実を知り、本格的な水の確保に乗り出すことになったのだ。
中東入りに合わせ、拓也は無精ひげを生やし、軍の連中と行動を共にしている。すると、どうも、きな臭い場所へと案内された。
どうやら地下に、ヤバイ施設があるらしい。それを触媒にして、地下湖を作る計画だという。案内された場所は、既に準備が整っており、あとは拓也が発動を待つばかりだった。
発動とともに上へ移動し、地下から抜け出す。しばらくすると、少し離れた場所から水が湧き出し、ある程度出たところで止まった。
「あれは、別の排気口か、隠し入り口だよ。まあ、水浸しでは、何もできないからな」
そう教えてもらった。
似たような施設は、もう一か所あった。街中の、かつてビルが建っていた場所の地下道——そこにも湖を作ることになる。水が湧き出すと、まず小動物が飛び出してきて、続いて人も出てきた。かなり深いのだろう、満水になるまでには、しばらくかかった。結局、その地区は水没する。地元住民が水を欲しがったので、軍が、貯まった水を開放した。
ーーー
中東での、ヤバイ仕事を終えた拓也は、米軍基地で待つ葵と合流。しばしの休憩に入った。
拓也が仕事をしている間、葵は格闘術を教わり、めきめきと腕を上げていたらしい。その成果を、さっそく拓也に披露してきたが——斥候である拓也の前では、まるで子供扱い。悔しくて、しばらくジタバタしていた。
帰国の日まで、ランニングをしたり、体を動かしたり。そんな二人のあまりのスピードに目をつけたのか、兵士たちが次々と勝負を挑んでくる。葵は、その挑戦を堂々と受けて立った。だが、男子米兵は、誰一人として敵わない。拓也は、もちろん参加しなかった。
ーーー
数日後、官邸で任務終了の報告を済ませ、小山へと帰ってきた。
参議院選挙を控え、多忙を極めていた鷲尾。それでも、拓也は今後の予定をきちんと伝えてから、辞去した。
その内容は、葵との結婚報告だった。式は挙げず、身内だけで、ささやかに——そう告げていた。
「そうか……おめでとう」
鷲尾は、束の間、政務の顔を崩し、労いの言葉をかけた。




