↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界帰りの俺と、残された四人 ―テラ・マートは知っている―  作者: 山田村


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
166/175

第166話 凪



 激動が続いていた日々に、束の間の凪が訪れていた。


 拓也は、久しぶりに、何の予定もない休日を過ごしていた。


「今度、三人でご飯でも」


 宮下から、そんな誘いが届いたのは、数日前のことだった。


ーーー


 田和マンの近所にある、小さな定食屋。約束の時間ぴったりに顔を出すと、宮下と氷室は、既に、奥の席に座っていた。


「おー、拓也、こっちこっち」


「お邪魔します」


 三人分の定食を頼み、他愛のない話に花が咲く。仕事の愚痴、最近見た映画の話、氷室の新作漫画の進捗——話題は、目まぐるしく移り変わっていった。会話の途中、宮下と氷室が、無意識のうちに、拓也の仕事の核心に近い話題(魔石の再生工場、異世界の書物を扱う出版社との関わり)を口にするが、拓也は、嘘をつかずに、事実を曖昧にぼかしながら、核心を外して受け流す。


 ふと、拓也は、前回の訪問の最後を思い出す。あの「二人、付き合っているの?」という問いには、結局、まともな答えが返ってこなかった。


 だが、今日の二人を見ていると——以前より、心なしか、距離が近い気がした。何気ない仕草で肩が触れても、以前のように、大袈裟に距離を取らない。宮下が氷室の分まで水を注いでやる、その手つきも、やけに自然だった。


「……何、見てんの」


 視線に気づいた氷室が、じろりと睨む。


「いえ、別に」


 拓也は、それ以上、何も言わなかった。聞いたところで、はぐらかされるのは、目に見えている。


「そういえば」


 宮下が、思い出したように、箸を止めた。


「ニュースで見たけど、魔石の再生工場って、栃木にあるんだよね? 拓也んとこの会社、関わってんの?」


 拓也は、内心、わずかに緊張しながらも、表情には出さなかった。


「……栃木のあれは、取引先の一つですね」


 嘘は、言っていない。ただ、それが、どこまでの「関わり」なのかは、あえて濁した。


「へー。近いのに、そんな大きい話に絡んでるんだ」


 宮下が、素直に感心する。


「私も聞いたことある。あっちの書物を扱ってる出版社があるんでしょ。拓也の会社、それにも関わってるんだよね?」


 氷室が、続けて、そう尋ねた。


「翻訳本の企画には、うちも、一枚噛んでます」


 拓也は、また、事実だけを、当たり障りなく答える。深町先生の担当や、実際にどこまで携わっているかは、口にしなかった。


「拓也の会社、どこまで手広いんだよ」


 宮下が、呆れたように笑う。


「ほんとに、なんの会社なんだか」


 氷室も、そう言って、ジト目を向けてきた。


「まあ……色々、やってるので」


 拓也は、曖昧に笑って、話を濁した。二人は、それ以上、深くは追及してこなかった。核心には、誰も、辿り着かないまま——話題は、また、他愛のない方向へと、流れていった。


ーーー


 食事の帰り、拓也は、田和マンの前で、思いがけない人物と、すれ違った。


 二階の、あの老紳士だった。


 相変わらず、多くを語らない人物だ。今日も、すれ違いざま、ちらりと視線をよこしただけ——そう思っていたところ、その人物は、ほんの小さく、拓也に向けて、会釈をした。


 拓也も、反射的に、頭を下げ返す。


 それだけの、一瞬の出来事だった。老紳士は、そのまま、静かに歩き去っていく。


「……あの人、なんだったんだろうな」


 拓也は、その背中を見送りながら、小さく呟いた。答えは、今日も、出ないままだった。


ーーー


 家に戻ると、母が、夕食の支度をしていた。


「お帰りなさい。今日は、宮下くんたちと会ってきたの?」


「うん。氷室さんも一緒に」


「あら、仲良しね」


 母は、そう言いながら、鍋をかき混ぜる。異世界の話も、今ではすっかり、この家の日常会話の一部になっていた。息子が、時々、遠い世界の話をすることに、驚く者は、もう誰もいない。


 拓也は、居間のソファに腰を下ろし、ゆっくりと、目を閉じた。


 こんな、何でもない一日が、今は、何より、ありがたく感じられた。


ーーー


 その夜、拓也のスマートフォンが、鳴った。


「拓也くん。急いで伝えておきたいことがある」


 神崎からだった。声の調子が、いつもと、どこか違う。


「アメリカから、正式な招待状が届いた。準国賓待遇だ。渡米の日程は、来月」


「……用件は?」


「そこまでは、まだ、こちらにも知らされていない」


 通話が切れた後も、拓也は、しばらく、スマートフォンの画面を見つめていた。


 窓の外に広がる夜空を、なんとはなしに、見上げる。


 この凪のような日々も、もうすぐ、終わりを告げるのかもしれない——そんな予感が、静かに、胸の奥に沈んでいった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。