第165話 偽物
拓也に丸投げした、福祉制度の計画書が、緒方の元に届いた。
「……さすが、プロの仕事だな」
思わず、そう唸りたくなる出来栄えだった。国の現状に即した内容でありながら、侯爵の判断を仰ぐべき部分は、きちんと選択式になっている。実に、よくできたものだった。
「これは、そのまま、侯爵にお渡しすればいい」
緒方は、そう独りごちた。あとは、どこかの貴族が、担当を引き継ぐことになるのだろう。
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洗浄のワンドは、順調に、生産量を伸ばしていた。
販売権を獲得した企業のトラックが、無人工場と販売拠点の間を、絶え間なく往復している。現段階では、基本的に、国内とアメリカ向けにのみ、出荷されていた。
「これも、行き渡れば、いずれ頭打ちになるだろうがな」
緒方は、そう語りながら、続けた。
「その前に、豪華版の商品も、仕入れて販売する予定だ」
商品が出回るにつれ、盗難被害の件数も、目立つようになってきた。特に、アメリカでの被害件数が、際立っている。
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それから数か月後、ヨーロッパで、偽の洗浄のワンドが大量に出回り、大きな騒動になった。
日本もアメリカも、ヨーロッパに回す在庫は、そもそも用意していない。両国は、「偽物には、くれぐれもご注意を」と、注意を呼びかけるにとどまった。
「侯爵には、責任は取れないと、伝えてあります」
緒方は、王城で、侯爵に、続報を報告していた。
「あれは、単なる模倣品ではありませんでした。初めから、本物と偽って売るつもりで作られたものです」
「……最初から、騙すつもりだった、ということか」
侯爵の声に、苦々しさが滲む。
「はい。流通させていた業者も、複数、特定できています。ですが、大元を辿ると、某国の関与が濃厚で……そこから先には、我々の手も、日本政府の手も、届きません」
「厄介だな」
「今のところは、正規品との見分け方を周知することと、購入時の証明書の発行を徹底することで、被害の拡大を防ぐしかない状況です」
侯爵は、しばらく、黙り込んでいた。
トネリコの原木について、補足が付け加えられた。
原木自体は、日本にも自生している。だが、魔力を吸い上げて育った異世界の木とは、まるで別物だ。おそらく、本物を分析した上で、地元のトネリコの原木を使い、偽物を作り上げたのだろう。出所は、やはり——某国で間違いない。そう結論づけられた。
そんな事件が起きていた頃、例のセレブが、動画を更新していた。
ミスリルに、蒼鉄鉱の藍色のラインが入った、高級カスタム品のお披露目だった。
角度を変えるたび、その藍色のラインには、淡い光が、静かに流れていく。まるで、鉱脈の奥深くで、何かが、今も息づいているかのような輝きだった。
―――
東京での用事を済ませた拓也は、土産を手に、例の田和マンを訪れていた。
一階の——火元となった、あの女性の部屋は、引っ越したのか、空き家になっているようだった。
「これでもう……宮下が、怪しい宗教に勧誘されることも、ないか」
拓也は、そっと、胸を撫で下ろした。
宮下の部屋のドアをノックすると、すぐに、聞き慣れた声が返ってきた。
「おー、拓也、久しぶり!」
部屋に上がると、隣室から、氷室も、当然のような顔で顔を出す。三人で顔を合わせるのは、久しぶりのことだった。
「東京の帰りに寄りました。これ、お土産です」
拓也が差し出した菓子の包みを、宮下は嬉しそうに受け取り、早速、封を開ける。
「お、いいね。お茶淹れるから、座ってて」
狭い部屋に、三人分の湯呑みが並ぶ。窓の外は、もうすっかり夕暮れで、街灯がぽつぽつと灯り始めていた。他愛のない世間話をしながら、拓也は、久しぶりの、こののんびりとした時間に、肩の力が抜けていくのを感じていた。
「洗浄の魔道具って知ってるか? 確か、〇〇が販売してる、って言ってたぞ」
氷室が、そう切り出す。
「あの商社、異世界と取引してるのか。流石、大手だな。拓也、知ってるか?」
宮下が、興味深そうに聞いてきた。
「はい。服や体を、きれいにする道具ですね」
拓也は、簡潔に、そう答える。
「宮下、拓也くんは若いんだから、そんなの知ってて当然だろう」
「僕も若いんですけど! 大学生だし。……拓也の会社でも、仕入れるのか?」
「はぁー……多分、仕入れると思います。が、今は出回ってはいますが、値段が……」
「はじめは、めちゃ高いんだよな。テレビや冷蔵庫が、出始めた頃と同じだ」
氷室が、しみじみと、そう呟いた。
「紫苑、たとえが昭和だから」
「こら、人前では、先生と呼べ」
氷室が、宮下を軽く睨む。
「……二人、付き合っているの?」
拓也が、何気なく、そう尋ねた。
その瞬間、二人は、示し合わせたように、十秒ほど、無言になった。
「……あ、そういえば」
やがて、氷室が、わざとらしく、話題を変えた。




