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異世界帰りの俺と、残された四人 ―テラ・マートは知っている―  作者: 山田村


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第163話 格差





 アメリカで、ある裁判記録が話題になっていた。


 スパイ容疑で起訴された被告人は、当初、容疑をことごとく否定していた。敏腕弁護士の弁護もあって、無罪確定と目される最終段階を迎えていたはずだった。


 ところが、その日——被告人本人が、突如として、新事実を語り始めた。


 情報の見返りに得た金の流れ、そしてその証拠についてまで、聞かれるがまま、次々と話し出したのだ。


「……なぜだ。今更、何を」


 弁護士は、お手上げとばかりに、弁護を拒否した。


 それに続く事例が、大統領支持州で、裁判記録として積み重なっていく。


 犯罪率の激減した州は、安全な暮らしを求める国民の、格好の転居先となった。一方、もともと治安の悪い州は、さらに悪化していく。人口減少による税収減少も相まって、まるで別の国に足を踏み入れたかのような、荒廃した状況にまで陥っていた。


 最悪と称される州の住民は、隣の州に足を踏み入れた途端、人が変わったように大人しくなる——そんな噂が、まことしやかに囁かれていた。


「何か、妙な薬でも撒いて、人心をコントロールしているんじゃないか」


 そんな疑念から、州の外に出ることそのものを拒む者も、少なくなかった。


 スピード狂として名を馳せていたある人物は、隣の州でスピード違反により逮捕された。釈放後、彼は、律儀に法定速度を守るようになり——「あいつも、妙な薬をやったんだろう」と、まことしやかに噂されている。


―――


 今、セレブたちの間で、ちょっとしたブームになっているのが、異世界の魔道具だった。


 中でも人気なのは、洗浄の魔道具だ。


 もっとも、これを手にできるのは、大統領の支持者だけだった。どれほどの億万長者であろうと、反対派であれば、入手することはできない。


 SNSでは、セレブたちが、使い方とその効果を撮影した動画を次々と投稿し、再生回数は、桁違いの数字を叩き出していた。特に人気なのは、運動後に使用する動画だ。肌の不快感、汗の臭い、服の汚れが、みるみるうちに消えていく様子が、多くの視聴者を惹きつけている。


 中でも、ひときわ再生回数を伸ばしていたのが、あるセレブが、友人に初めて魔道具を体験させる、という趣向の動画だった。


 汗だくでジムから出てきた友人を、玄関先で待ち構える。カメラを回しながら、セレブは、悪戯っぽく笑ってみせた。


「今から、ちょっとしたマジックを見せてあげる」


「マジック? 別にいいけど……うわ、なにこれ、光る杖?」


 困惑気味の友人に構わず、セレブは、ワンドをすっと一振りする。


 次の瞬間、友人の全身を、淡い光の粒子が、さらさらと包み込んだ。汗のべたつきも、ジム特有の匂いも、Tシャツに滲んだ染みも——すべてが、数秒のうちに、跡形もなく消え去っていく。


 友人は、しばらく、自分の腕や服を、信じられないという顔で、何度も見返していた。


「……嘘でしょ。え、待って、匂いも、ゼロ? マジで?」


 声が、裏返る。カメラの向こうにいる視聴者へ向けて、友人は、両手を広げながら、こう叫んだ。


「これ、マジで魔法だから! みんな、信じて!」


 その、飾り気のない驚きようが、逆に、多くの視聴者の心を掴んだ。コメント欄には、「リアクションが良すぎる」「私も体験したい」「これは持ってる人が羨ましすぎる」といった声のほか、「あの洗濯の魔道具、私も欲しい」「正式名称は洗浄のワンドって言うらしいよ」「洗浄の魔道具でしょ、それ」と、呼び方すらまちまちなコメントが、次々と書き込まれていった。


「魔法使いになった気分!」


 満面の笑みで語る、そんなコメントが、また、評判を呼んでいた。


 無論、しょせんは本人の感想に過ぎず、信用ならないという批判もある。かと思えば、一部では、


「アポクリン汗腺の活性度が高い我々こそ、優先的に使うべきだ。日本人は、我々に融通すべきである」


 などと、真顔で主張する者まで、現れる始末だった。


 ヨーロッパ諸国からも、羨望の眼差しが向けられていたが、日本と特に友好の深い国であっても、渡るのはせいぜい数本程度。とても、普及品と呼べる代物ではなかった。


―――


 その頃、グレーカレコ王国では、緒方が、王妃に呼び出されていた。


 同席していた侯爵から、身体に障害を持つ者や高齢者について、日本ではどのような対応を取っているのか、と尋ねられる。


「人の助けが無いと暮らせない方には、国から支援がございます。そうした方々を助ける組織があり、そこから支援者が派遣されます。あるいは、施設に入所していただくことも。その施設で働く介護士は、新しい職業として、収入を得ています。自立して働きたいという方には、それぞれに合った職場を斡旋する施設があり、そこから仕事の紹介を受けます。施設は、仕事の斡旋だけでなく、職業訓練の場としての役割も担っております」


「ほう……介護、か。そのような仕事もあるのか。仕事の斡旋自体は、我が国にもあるが……健常な者が対象、だからな」


 侯爵が、感心したように言う。


「はい。国が弱者を支えれば、国民の、国に対する信頼が増します。税を取られることへの不満も、それだけ減る——そう聞いたことがございます」


「緒方よ、それを、具体的にまとめて提示せよ」


 王妃の、その一言から、緒方は——ヴォルガニア連合から引き受ける「人」の扱いについて、方針を纏める役目を、正式に命じられることになった。


 緒方は、これは日本にいる専門家に任せるのが一番だと判断し、その旨を、拓也に託すことにした。

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