第157話 軌道
拓也は、防護服を身につけ、震災で被害を受けた原子炉の近くにいた。
接近する台風の脅威を取り除くため、炉に残る核燃料を触媒として使う——それが、今回の計画だった。
時間の余裕はなかった。拓也は、建屋の中に入ると、すぐさま術を発動する。
確かな反応があった。おそらく、成功しているはずだ。
念のため、すぐに退避する。外に出ると、青空が、みるみる広がっていくのが見えた。
だが、そこで、職員たちが、騒ぎ始めた。
「計測器が……壊れたのか?」
炉内の放射線を計測する機器が、軒並み、正常値を示していたのだ。誰もが、まず、計測器の故障を疑った。
専門家を交えた、本格的な調査なしには、結論は出せない。それでも——時間が、答えを教えてくれるはずだった。
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月が変わり、拓也は、アメリカにいた。
古い人工衛星の回収計画に、参加するためだ。初めての渡米だったが、観光する暇もなく、そのままテキサスへと連れてこられている。
今回の触媒は、廃棄処分を控えた、古い核兵器だった。
事前に、遼からアドバイスを受けていた。触媒は、惜しまず使うこと。龍穴の力も、あわせて利用すること。
場所は、龍穴の真上。数分後に通過する予定の衛星を、標的に定める。
準備が整うと、術式は、発動した。
触媒からのエネルギーを、体で感じ取る。次の瞬間、数十メートル先の広場に、目当ての衛星が、突如として姿を現した。
現地スタッフから、歓声が上がる。その場は、たちまち、お祭り騒ぎになった。衛星本体だけでなく、周囲を漂っていた数百のデブリも、一緒に移動させることができていた。
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それから数日、臨時キャンプで、スポーツをしたり、遊んだりして過ごすことになった。
どうやら、拓也の身体能力も、それとなく観察されているらしい。
野球をすれば、ホームランを打ちまくった。外野を守れば、俊足とジャンプ力で、ほとんどの打球をキャッチしてしまう。ピッチャーを任されれば、速球だけで、全員を三振に打ち取った。
あとで聞いた話では、時速百八十キロが出ていたらしい。だが、野球の常識に疎い拓也には、その凄さが、いまひとつピンとこなかった。
「そうですか……それって、凄いことなんですか?」
「凄いなんてもんじゃない。メジャーリーグに、行けるレベルだぞ」
そう言われても、拓也は、困ったように笑うだけだった。
「他に、やることが多いので……無理ですね」
拓也は、そう言うと、衛星の処理現場を、指差した。
明日は、次の衛星の回収が、予定されていた。
すべての任務を終え、拓也は、帰国前に、テキサスを少しだけ観光する予定になっていた。ただし——某国の衛星を回収したことについては、くれぐれも内密にするようにと、念を押されていた。
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その頃、緒方は、日本から取り寄せた機材を、次々と王城へ運び込んでいた。
ポータブル魔石電源が、二台。パソコンやアンテナ、通信機のための、安定した予備バッテリーになる。
地上用の受信パラボラアンテナ。宇宙からの電波や、偵察画像データを受信し、パソコンへと取り込むためのものだ。
スマートフォンや通信端末も、必要な数だけ揃えた。現地協力者が使う受信端末で、世界中どこにいても、ラグなしで通話や情報共有ができる。
自動偵察ドローンも、数機。衛星のGPSを利用して自律飛行し、上空からの映像をリアルタイムで送信する、マルチコプター型と固定翼機の両方だ。
そして、先に送られていたスーパーPC。軌道計算、AIの実行、衛星とドローンの制御を担う、いわば司令塔だった。中で動くAIエージェントが、物理法則と魔力変動の解析、魔術師への座標提示、ドローンの自動管制までを、一手に引き受ける。
これだけ揃えば、地上からの制御が可能になる。
それと並行して、米軍仕様の静止衛星が、三基、送られてきていた。
王城の研究室は拡張され、それに伴う工事も始まっていた。あと数日で、指令室が完成する見込みだった。
中世風の城に、パラボラアンテナは、いかにも不釣り合いだった。それでも、目をつぶってもらうしかない。
結城は、転移の発動そのものはソニアのグループに任せ、自身は、パソコンの管理を担当することにした。
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結城は、先に送られていたスーパーPCを使い、AIによる宇宙の物理法則の解析を進めていた。
世界に伝わる伝承や、天体観測のデータ——太陽や月の動き、星々の巡りなど——を、AIに読み込ませる。AIは、それをもとに、この惑星の直径、質量、自転速度、重力加速度を逆算し、物理シミュレータを用いて、正確な宇宙マップを作り上げていった。
次に必要なのは、第一宇宙速度の計算だった。衛星が、落下せずに軌道を回り続けるには、高度に応じた横方向の速度——第一宇宙速度を持たせた状態で、転移させる必要がある。
AIは、「高度〇〇キロメートルに転移させる場合、惑星の自転速度を差し引き、東向きに秒速〇.〇キロメートルの慣性を持たせた状態で転移させること」という、超精密な位置と速度ベクトルのデータを算出する。それを、結城にも理解できるよう、星の運行などを基準にした指定座標へと、自動的に翻訳してくれた。
結城は、その座標をもとに、「ただの位置移動」ではなく、「動いている状態——速度ごと、空間を切り替える転移魔法」を発動するよう、ソニアへ指示を送った。
発射台に置かれていた衛星が、ふっと消え去る。
次の瞬間には、高度三万六千キロメートルの静止軌道上で、惑星の自転と同期しながら、滑るように飛行を始めていた。
転移後、宇宙空間では、太陽光の圧力や、重力のムラによって、軌道にズレが生じる。それを修正するため、衛星自身には、キセノンなどを用いた電気推進スラスタ——イオンエンジンが、搭載されていた。
スーパーPCのAIは、衛星の位置を常時追跡し、スラスタをミリ秒単位で自動噴射させる制御コマンドを送ることで、衛星を、狙った静止位置へと正確に誘導し、保持し続ける——いわゆる、ステーションキープを行っていた。
こうして、初の衛星転移が成功する。
すぐに、AIによるデータ解析が始まった。ロケットを使わなかったことで、機体には、余計な負荷が一切かかっていない。定位置に、正確に到達し、各種データも、正常な値を示している。
「……よし」
結城は、モニターを見つめながら、小さく、安堵の息をついた。
だが、休む間もなく、次は、時間差での打ち上げ待機に入る。休憩を挟みながら、三基すべてが、やがて無事に稼働を始めた。




