第155話 橋渡し
拓也の元に、倉持が、自ら訪ねてきた。
核廃棄物の処分についての——協力要請というより、それはもう、お願いに近いものだった。
「拓也くん、頼む。この件は、正直、君にしか頼めないんだ」
倉持の声には、いつになく、切実な響きがあった。何十年も抱え続けてきた重荷を、初めて誰かに預けようとしている——そんな表情だった。
「分かりました。できるところまで、協力しますが」
拓也は、少し考えてから、正直に答えた。
「僕は、魔術師ではないので……何とも……」
「それでいい。それでいいんだ」
倉持は、拓也の手を、両手で包み込むようにして、深く頭を下げた。
ーーー
拓也は、緒方を通じて、結城に頼み込んだ。
「転移用の魔法陣と、それを発動させる魔道具を、用意してもらえないか。俺一人でも、扱えるように」
その連絡と前後して、もう一つ、報告が届いていた。
「それと、人工衛星計画専用のスーパーPC、今週中に完成するそうです」
緒方が、そう付け加えた。
―――
緒方から話を伝えられた結城は、難しい顔になった。
「転移の理論と実践を……斥候の拓也が、こなせるでしょうか」
「向こうも、それは分かった上で頼んでるんだろうけどな」
「それに、もう一つ、問題があります。地球には——龍穴が、ないんですよね」
結城が、そう指摘すると、緒方も、うーん、と唸った。
「ソニアとも話して、検討してみます。結論は、その時に」
結城は、そう言って、ひとまず話をまとめた。
―――
「地球で、転移を使いたい、か」
事情を聞いたソニアは、意外にも、あっさりと答えを出した。
「転移そのものは、魔法陣と触媒さえあれば、ある程度は可能だ」
「本当ですか」
「龍穴の位置は、魔道具を使えば、ある程度は判明する。あの触媒——核廃棄物が、数個あれば、術者本人の能力不足も、ある程度は補えるはずだ」
ソニアは、そう言った後、指を一本立てた。
「ただし——理論を理解していなければ、不発に終わる可能性が高い。そこだけは、覚悟しておいた方がいい」
「分かりました。基礎からきちんと、伝えます」
結城が頷くと、ソニアは、少し考え込むような表情を見せた。
「それに——何も、転移だけにこだわる必要はない」
「と言うと?」
「あの触媒があれば、大嵐を鎮めることも、干ばつの地に雨を降らせることも、できるかもしれん」
結城は、思わず、息を呑んだ。
「以前の、あの池の魔法陣も……一年どころか、半永久的に保たせられるかもしれんな」
ソニアは、そう続けると、どこか楽しげに、口の端を上げた。
結城の中で、核廃棄物という厄介な代物が、少しずつ、別の輝きを帯びていくのを感じた。
―――
結城は、緒方を通じて、転移の基本をまとめた本と、あらかじめ描いた魔法陣を数枚、発動を助ける魔道具、そして龍穴の場所を探るための魔道具を、拓也へ送ることにした。
入れ違いに、緒方は、届いたばかりの、人工衛星計画専用のスーパーPCと、説明用のデータを、結城に手渡した。
「衛星計画の解析用に、こちらにも一台、設置しておきました」
「ありがとうございます」
結城は、それを見つめながら、静かに気持ちを引き締めた。
地球と、この世界。斥候と、賢者。畑違いの二人が、それぞれの持ち場で、同じ一つの技術を、繋ごうとしている——結城には、それが、なんだか不思議な巡り合わせのように思えた。
―――
届いた荷物を前に、拓也は、一人、部屋にこもっていた。
結城から送られてきた本、魔法陣の写し、発動を助ける魔道具、そして龍穴を探すための魔道具——一つ一つを確かめながら、同封されていた解説動画を、繰り返し再生する。
本格的な内容の動画だった。本の記述と、画面の説明を、何度も照らし合わせながら、拓也は真剣に見入った。
「まずは、星銀を触媒にして、基礎から実践すること……か」
動画の中の結城の声が、そう説明していた。
―――
翌日から、実践が始まった。
とにかく、転移のコツを掴むために——まず一度、成功させ、その感覚を、体で覚えることに集中する。
結城のように、傍で教えてくれる師はいない。頼れるのは、動画と、本と、自分の手だけだった。
数度の失敗を重ねた末、目の前に置いていた切り花が、花瓶ごと、ふっと消えた。
慌てて、転移先に指定した、自室の玄関前へと駆けつける。
そこには、花瓶が、そのままの形で、ちょこんと鎮座していた。
「やった!」
拓也は、思わず、声を上げていた。誰もいない部屋に、その声だけが、大きく響いた。
―――
数日後には、転移は、ほぼ安定するようになっていた。
あとは——距離という、新たな課題への挑戦になる。
―――
数日後、距離への挑戦が始まった。
職員の協力のもと、星銀を数枚使ってみても、限界は、あっさりと判明する。
埼玉県を越えることができない——およそ六十キロメートルが、その限界だった。
「次は、龍穴の力を借ります」
拓也は、そう言うと、探索用の魔道具を取り出した。
職員は、日本国内で「龍穴」として有名な場所のリストを、あらかじめ参考にしていたらしい。だが、魔道具が示す位置は、まったく別の場所ばかりだった。
「申し訳ありません……その筋では有名な、いわゆる『龍穴のプロ』とかいう方が教えている、関東の龍穴のリストを、参考にしたんですが」
職員は、バツが悪そうに、頭を下げた。
「どうやら……偽物だった、みたいです」
拓也は、思わず、苦笑いを浮かべた。
「まあ……そういうことも、ありますよね」
―――
後日、小山から程近い、本物の龍穴で、実験が行われた。
転移先には、神崎の職場の会議室をイメージする。
見た目には、確かに、転移していた。おそらく、成功しているとは思うが——確証は、まだない。
しばらくして、拓也のスマートフォンに、一件のメッセージが届いた。
『こちらに、無事、届いています』
その一文を見て、拓也は、詰めていた息を、静かに吐き出した。




