第154話 触媒
結城が実験に忙殺される日々が続いていた。
その傍らで、隼人は、クロエたちに、日本という国について、少しずつ話を聞かせていた。
「魔法がない国、だっけ」
「ああ。その代わり、科学技術ってやつで、色々なことを補ってる」
クロエが、興味深そうに、隼人の顔を覗き込む。
「たとえば、それ」
隼人が、クロエの服の袖を、軽く指差した。
「その服も、日本の工場で大量に作られて、流通の仕組みに乗って、こっちまで運ばれてきたものなんだ」
「工場……?」
「たくさんの機械が、同じものを、何百、何千と作る場所だよ。それを、船や飛行機やトラックで運んで、店に並べて、人の手に届く」
「魔法もないのに、そんなことが……」
ガルムが、感心したように、腕を組んだ。
「魔法の代わりに、知恵と道具を積み重ねてきたんだ。俺たちの国は」
隼人は、そう言うと、少し誇らしげに、笑ってみせた。
シルヴィアとケインも、興味深そうに、その話に耳を傾けている。人工衛星の話では置いてけぼりだった三人が、こうして少しずつ、日本という国の輪郭を掴んでいく様子に、隼人は、ひそかな充実感を覚えていた。
ーーー
結城の転移実験は、順調に進んでいた。
五百キロメートルの上空へ、重い物質を転移させ、地上に戻すことにも、すでに成功している。
だが、ここで、壁にぶつかった。
静止衛星軌道にあたる、高度三万六千キロ。数回の実験を重ねても、星銀を触媒にした転移は、そこでは発動しなかった。
「ソニア、他に、使えそうな触媒はないんですか」
「思いつくものはあるが……すべて、伝説級の代物でな。人が触れることのできない、幻の物質だとか……とにかく、現存していない」
ソニアは、そう言って、小さく肩をすくめた。
「遼の国には、ないのか」
そう問われ、結城は、高出力で、触媒として使えそうなものを、頭の中で探った。
思いついたのは——ウラン。あるいは、核廃棄物。
「……あるかもしれません。ただ、扱いが、簡単なものじゃないので」
結城の表情が、わずかに、曇る。
―――
緒方を通じて、拓也に相談を持ちかけた。
「結城が、高出力の触媒として、核廃棄物を使えないかと言っている。手に入るか」
「……核廃棄物、ですか」
拓也は、しばし絶句した後、そう聞き返した。
「持ち帰って、確認してみます」
ーーー
神崎から倉持へ、話は伝わった。
経済産業省は、第三段階の高レベル放射性廃棄物を固めた「ガラス固化体」を、分厚い金属の専用容器に収め、移送を進めた。
「これで、長年の懸案が……解決するかもしれない」
倉持経産大臣は、淡い期待を胸に、前のめりに動いた。核廃棄物の最終処分は、日本が何十年も抱え続けてきた、重い課題だった。
―――
数日後、結城は、廃棄物をマジックバッグに入れて運び、龍穴の前で、それを触媒にした実験を開始した。
衛星を想定した、十トンの塊を、上空へ転移させる。
「――行きます」
結城の詠唱と共に、龍穴が、これまで以上に強く輝いた。
塊が、音もなく消え去る。
しばらくの静寂の後、魔法陣に描かれていた術式の光が、ふっと消えた。
「……送り込めた、はずだ」
ソニアが、陣の様子を見つめながら、そう呟いた。魔力の消費量、術式の反応——そのすべてが、狙った座標へ、確かに届いたことを示していた。
「成功、ですか」
「ああ。少なくとも、こちら側から見える範囲では、な」
その言葉に、その場に、歓声が上がった。結城も、ソニアも、思わず顔を見合わせ、拳を突き上げた。
結果として、高出力の触媒こそが、決め手だったようだ。
―――
実験結果の報告と共に、「分厚い金属の専用容器」が、日本へと返還された。
戻ってきた中身を分析したところ、高レベル放射性廃棄物——その有害な放射線までもが、跡形もなく消失しているという、驚くべき結果が判明する。
この報告は、倉持を通じて、鷲尾総理の元へと届けられた。
倉持の淡い期待は、現実のものとなった。触媒に使った物質は消える、という話は、事前に聞かされていた。だからこそ抱いていた「もしかして」という期待が、そのまま現実になったのだ。
「これを世界に公表すれば……一つの産業として、世界に衝撃を与えられる」
倉持は、資料を手に、興奮を隠しきれない様子だった。
だが、倉持が注目していたのは、それだけではなかった。転移させたものを、きちんと回収できたという事実だ。
「これが、日本国内でも実現できれば……とてつもないことが、可能になる」
老朽化した衛星を回収し、廃棄することができる。それは、新たなビジネスチャンスにもなり得る。
「邪魔な、某国の監視衛星を、回収することさえ……可能かもしれない」
倉持は、そこまで考えて、一度、深く息を吐いた。
「いずれにせよ、これが日本国内でも実現できるのか、検証する必要がある。拓也くんの協力が、欠かせないな」
核廃棄物の最終処分という、長年の重荷を下ろせるかもしれない期待と、新たな技術がもたらす、計り知れない可能性——その両方を胸に、倉持は、次の一手を、静かに練り始めていた。




