第153話 神の目
緒方は、拓也から届いた連絡に、思わず絶句した。
人工衛星。ロケット。発射台。地上基地——。名前を聞いて、現物を、きちんと思い浮かべられる人間など、この国に五人もいないだろう。無理に決まっている、と、半ば呆れながら、緒方はその話を聞いていた。
だが、電話の向こうから伝わってくる、日本側の本気の雰囲気は、冗談で片付けられるものではなかった。
「……分かった。とりあえず、結城たちには、伝えておく」
緒方は、そう答えて、通話を切った。
―――
結城の屋敷を訪ねた緒方は、事の経緯を、そのまま説明した。
「人工衛星……ロケット、ですか」
結城は、資料に目を通しながら、眉間に皺を寄せた。
「地球じゃ、当たり前の技術だ。でも、こっちで実現するとなると、話は別だしな」
「材料も、技術も、まったく違いますからね……」
二人が、頭を抱えるようにして話し込む一方で、部屋の隅では、クロエ、ガルム、シルヴィア、ケインが、揃って首を傾げていた。
「……何の話をしているんだ?」
「さあ。空に、何か浮かべるらしいけど」
「浮かべる? 気球のことか?」
異なる星から召喚された彼らにとって、ロケットも人工衛星も、そもそも存在しない概念だった。話が噛み合うはずもなく、その場は、なんとも言えない空気に包まれる。
「……悪い、この話は、俺たちだけで進めるよ」
結城は、苦笑しながら、そう告げた。
―――
数日後、緒方は、地図と監視の仕組みについて、侯爵に報告する場を設けた。
「『神の目』とでも呼ぶべきものです。上空から、この国全体を、常に見渡せるようになる——そういう技術です」
「……つまり、軍の動き、他国の動きが、すべて丸見えになる、ということか」
侯爵は、身を乗り出した。その目には、隠しきれない期待が滲んでいた。軍事的な優位性を、真っ先に見出したのだろう。
だが、同じ話を耳にした王妃の反応は、それとは、少し違っていた。
王国の安全が保たれることには、王妃も、異存はない。それでも、これほどの技術を、たやすく実現してしまう日本という国に対し、王妃の胸には、期待と同じだけの、薄い警戒心が、静かに広がっていた。
―――
その頃、結城の召喚・転移魔法は、着実に上達していた。
召喚には、依然として、相応の材料が要る。だが、転移の方は、星銀と龍穴の入手が容易になったことで、日々、練習を積み重ねられるようになっていた。
「ソニア、少し、相談したいことが」
「なんだ」
「人工衛星のことなんですが……」
結城が切り出すと、ソニアは、怪訝そうに眉を上げた。
「聞いたことのない言葉だな。まずは、基礎から教えてもらおうか」
結城は、研究室にある、性能を向上させたパソコンを使い、人工衛星とロケットについて、一から説明を始めた。
「なるほど……天界から、この地を監視している、という事か」
「まあ、天界というより……一番遠いもので、上空三万六千キロ。近いものだと、五百キロくらいですね」
「まさか、五百キロの上空に転移して、そのまま落ちてくるのではないだろうな」
ソニアが、真顔で尋ねる。
「多分、落ちないと思います。ここは、一年十二ヶ月、一日二十四時間のサイクルですし……日本と、変わらない大地だと思うので。だから、ここでも、衛星は落ちないはずです」
「落ちないなら、安心だ。しかし、五百キロとは……王都から、北の都市くらいの距離か。転移でも、行ける距離だな」
「転移で!」
結城は、思わず、声を上げた。
「……上にも、転移できるんですか」
「座標さえ、はっきり分かれば、理論上はいける。ただし——前例は、ないが」
ソニアは、そこで、ふと言葉を止めた。
「いや、あるな。過去に、大岩を上空に転移させて、都市を攻撃した記録が、一例だけ残っている」
「今は、やっていないということは……効率が、良くなかったんですか」
「その通りだ。後片付けが大変な上に、効率も悪く、後悔したと書いてあった」
「数十トンの岩を、動かせるなら……衛星だって、いけるんじゃないか」
結城の中で、ロケットも発射台もいらない可能性が、ふいに、像を結んだ。
「ありがとう、ソニア。もしかしたら、転移が、ロケットの代わりになるかもしれない」
結城は、興奮を抑えきれない様子で、そう呟いた。ソニアは、その勢いに、少し面食らいながらも、口元に小さな笑みを浮かべていた。
―――
それから数日間、結城はソニアと、協議を重ねた。
東の最大級の龍穴と、複数の術者を組み合わせれば、三万六千キロという距離にも、理論上は届く——そんな試算が、組み上がっていった。
結城は、緒方にこれまでの経緯を説明し、人工衛星を、異世界流の方法——転移魔法——で打ち上げる可能性を提案した。人工衛星の実現に向けて、前向きな回答を出したことになる。
その報告を受けた緒方は、拓也と侯爵、双方に、この結果を伝えることにした。




