第151話 隠し玉
王城の窓辺から、リーゼル王妃は、庭を歩く二人の姿を、そっと見つめていた。
結城とソニア。妹の隣を歩く夫の姿は、もう、すっかり見慣れたものになっていた。
召喚と転移の研究はこれからも続いていくだろう。それでも、ソニアの表情は、以前よりずっと柔らかくなっている——王妃には、それが、何より嬉しかった。
「このまま、ここに永住して……子を、なしてくれれば」
王妃は、誰に聞かせるでもなく、そう呟いた。国のため、という打算がなかったとは言わない。それでも今は、ただ一人の姉として、妹の幸せを願う気持ちの方が、勝っていた。
―――
日本側では、緒方が送った星銀の原石が、拓也を通じて、日本の研究室に届けられていた。
「分析結果、出ました」
研究員の一人が、資料を手に、興奮を隠しきれない様子で報告した。
「半導体製造用の『ターゲット材・配線材』、その上位互換として通用します。ガリウムなどの代わりに、星銀ベースの合金を、配線や絶縁膜の強化に使用すれば——既存の銅やアルミニウム配線より、電気抵抗が低く、発熱も少ない。省電力化と長寿命化を、同時に達成できます」
「サプライチェーンの、脱某国化の切り札にもなり得る、ということか」
「はい。それだけの鉱石です」
その報告に、研究室は大騒ぎとなった。経済産業大臣の倉持は、すぐさま鷲尾総理へ報告に上がり、今後の展開について協議することになった。
「政府としては、本格的に異世界の資源を調査したいところですが」
倉持が、資料を差し出しながら言う。
「現時点では、グレーカレコ王国と、周辺国・南ガラニア国の映像分析が進行中でして。報告待ちの状態です」
「……焦る必要はない。だが、期待するなというのも、無理な話だな」
鷲尾は、そう言って、資料に目を落とした。これまでの経緯から、日本にとって必要な金属が、次々と手に入るようになっている。政府として、否が応にも、期待は高まっていった。
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そんな折、米国大統領が、アジア外交の締めくくりとして、最後の訪問国である日本に立ち寄った。
目的は、異世界資源会議。焦点は、いかにして資源を融通してもらうか、その一点にあった。
交渉の場で、鷲尾は、隠し玉を切った。
先頃見つかった、星銀の鉱物資源。そして、マジックバッグ。
大統領の度肝を抜き、交渉を優位に進めたいという鷲尾の思惑は、狙い通りにはまった。
続いて、大統領がかねてより希望していた、拓也との密室での面会が実現する。
拓也は、これまでの経緯を、異世界の新しい映像を交えながら説明した。グレーカレコ王国の広さは、アメリカの三割ほど。あの星では小国と呼ばれる規模だが、全体像はまだ把握できていないことも、正直に伝えた。
それを聞いた大統領は、はっきりと、こう明言した。
「ロケットと、人工衛星を支援する用意がある」
鷲尾は、内心「やられた」と思ったらしい。それでも、表情には出さず、すかさず切り返した。
「大統領、それなら——共同で、やりましょう」
その一言で、場の空気は、収まるべきところへ収まった。
最後に、拓也は、カリフォルニアの山火事で水が不足していることを知っていたため、『枯れない池』を作り出せる魔法陣——それを発動する魔道具を、大統領に贈った。事前に神崎へ相談し、鷲尾の了解を得た上でのことだった。
「災害対策に、これほど役立つとは」
内容を聞いた大統領は、大いに喜んだ。
―――
翌日、大統領から、拓也の元に、直接電話がかかってきた。
「あの池は、砂漠でも使えるか」
「乾燥した、水のない地区でも、使われています」
拓也は、丁寧に答えた。
「枯れない、と言われることもありますが……実際は、魔力切れで、いずれ枯れてしまいます。今回のものは、一年ほどは持つと思います。ただ、その前に、鎮火すると思いますが」
「枯れたら、どうなる」
「浅い穴が、残ると聞いています」
「……ありがとう。参考になった」
電話の向こうで、大統領は、短く礼を告げて切った。国家元首同士のやり取りの裏で、こんな地味なやり取りが交わされていることを、知る者は、まだ少なかった。
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王都では、緒方が、日々の商いを通じて、少しずつ肌感覚を掴んでいた。
魔法が存在するこの世界では、日本の製品のすべてが、そのまま受け入れられるわけではない——それが、緒方の実感だった。
比較的よく売れるのは、プラスチック製の日用品だった。工場で大量生産されたものが、特に人気がある。調理器具もよく売れる。陶器やガラス製品、ステンレスのスプーンやフォークも、よく出る。
まだ商品としては送っていないが、グレーカレコ王国では、十四金のナイフ・フォーク・スプーンのセットが、ごく普通に、日本で言えば銀製品ほどの値段で販売されているという。こだわりのある貴族は、ミスリル製を使うらしい。
この国では、金は珍しくない。地球とは、まるきり価値が逆転している——分かってはいたことだが、改めて実感すると、緒方は、小さく笑うしかなかった。
そんな折、拓也から連絡が入った。
「星銀も、仕入れのルートに加えてほしいらしい」
妙な頼み方だと思っていたが、案の定だった。分析の結果、レアメタルだと分かったのだろう。
「侯爵に報告して、仕入れを検討してもらおう」
緒方は、そう独りごちて、報告書を書き始めた。
それに加えて、魔石充填の第一工場の近くに第二工場が完成し、王都の庶民エリアには、第三・第四工場も完成していた。
総責任者には、ロイドを任命した。新たに奴隷十六名を雇い入れ、各工場の管理に当たらせている。
「まさか、自分がこんな役目を任されるとは……」
ロイドは、辞令を受け取りながら、少し戸惑ったように呟いた。
「お前なら、できる。任せたぞ」
緒方は、それだけ言うと、軽く肩を叩いた。
小さな商いから始まったこの拠点は、いつの間にか、多くの人の生活を支える場所へと、育ちつつあった。




