第150話 証明
研究室の机には、材料集めの旅で持ち帰った、魔結晶と星銀が並んでいた。
「まずは、召喚からだ」
ソニアが、シャドウウルフの魔結晶を、机の中央に置く。
「これは、中程度の濃度だ。お前にとっては、初めての召喚になる。難易度の低い相手を選ぶのが、賢明だろう」
「難易度の低い相手、というと」
「一般の動物、下位の魔物、低級精霊……このあたりは、初心者の魔術師が、練習台によく使う対象だ」
ソニアは、少し考えるように、顎に手を当てた。
「風属性の、シルフの雛あたりが、丁度いいだろうな」
「シルフの雛……分かりました」
「仕組みは、単純だ。召喚している間、術者の魔力を『維持費』として、垂れ流し続けることになる。魔力が尽きるか、術者がパスを緩めれば、対象は元の居場所——生息地なり、霊界なりへ、一瞬で送り返されて消える」
「分かりやすいですね」
「実際にやってみれば、もっと、よく分かる」
ソニアが、机の上に「召喚の魔法陣」を広げた。その中心に、結城は、シャドウウルフの魔結晶を、そっと置く。
結城は、陣に手をかざし、静かに魔力を流し込んだ。
「――我が呼び声に応えよ、風の落とし子」
詠唱に応じて、魔法陣が青く光る。中心の魔結晶が、光の粒子となって、ゆっくりと溶けていった。
光は、ぐるぐると渦を巻き、小さなつむじ風となる。その中から、パタパタと、愛らしい羽ばたきの音が聞こえてきた。
「きゅ、きゅぃ?」
光が弾けて現れたのは、手のひらサイズの、透き通る羽を持つ、小鳥のような妖精——シルフの雛だった。
結城が、そっと人差し指を差し出すと、雛は、嬉しそうに、ちょこんと指の上に乗る。そよ風のような心地よい温もりを感じながら、結城は、初めての召喚の成功に、小さく微笑んだ。
「わあ……可愛い!」
「見て見て、羽が透けてる!」
実験に立ち会っていた皆川と東條は、シルフの雛の愛らしさに、思わず声を弾ませた。
だが、結城がパスを緩めると、シルフの雛は、一瞬で元の場所へと送り返され、光と共に消えていった。
「あっ……」
「もう少し、キープできないの?」
皆川と東條が、揃って、名残惜しそうに、結城に食い下がる。
「維持費がかかるって、言ったろ」
結城は、苦笑しながら、そう返した。
「成功ですね」
ソニアが、満足げに頷く。
「あとは、召喚魔法の経験を積むことで、レベルが上がっていきます」
―――
次は、転移魔法の実験になる。こちらは、外の龍穴で行う必要があるため、翌日の早朝、一行はその場所へ向かうことになった。
早朝の外出な上、ソニアも同行するため、護衛を兼ねて、勇者パーティー全員が付き添うことになった。
一番近い龍穴までは、車で一時間ほどの距離だった。車移動が初めてのソニアは、到着するまでの間、質問を絶やさなかった。
「この乗り物は、馬より速いのか。魔力は使っているのか。窓を開けても、風が入るだけなのか」
「はい、はい、それも、はい」
結城は、次々と繰り出される質問に、律儀に答え続けた。研究者としての好奇心は、実験に対してだけではないらしい。
今回行う転移は、難易度自体は高くなく、研究室でも実験できる程度のものだった。それでも、実際に龍穴を使って体験しておくことは必要だと、ソニアは判断していた。
―――
龍穴の地に、「転移の発信陣」が描かれる。
その中心に、触媒となる星銀と、実験台となる一輪の薔薇が置かれた。
ソニアが、通信機に声を落とす。
『アル、王城中庭の様子はどう?』
『こちらも、準備完了です、ソニア様! いつでもどうぞ!』
通信機の向こうから、助手アルの弾んだ声が返ってきた。メイフィールド伯爵家からソニアの研究室に派遣されている助手の一人だ。
「よし、いくぞ」
ソニアが、結城に、短く合図を送る。
結城は、地から湧き出る魔力を引き込み、星銀へ向けて、一気に流し込んだ。
「――空間を歪め、ふたつの理を繋げ」
詠唱と共に、魔法陣が銀色に輝き、星銀が光の粒子へと溶けていく。
薔薇の周囲の空間が、ぐにゃりと歪んだ直後——パシッ、と音がして、銀の光が弾けた。
目の前にあったはずの薔薇は、跡形もなく、消え去っていた。
『大成功です!』
通信機から、王城で待機していた助手アルの、興奮した声が響く。
『ソニア様、こちらに、いま薔薇が、ぴったり転移してきました!』
その声を聞き、ソニアは、張り詰めていた肩の力を抜き、嬉しそうに微笑んだ。
「……理論が、証明されたな」
結城も、その隣で、静かに息をついた。
召喚と転移、二つの理論が、確かに、この手で形になった瞬間だった。




