第149話 礎
研究室の机には、これまでの理論をまとめた資料が、山のように積み上がっていた。
「理論は、揃った。次は、実践だ」
ソニアが、資料を整理しながら、そう言った。
「契約・パス理論には、高濃度に凝縮した魔結晶——それも、ひときわ大きなものが要る。転移の方は、龍穴の特定と、星銀の入手だ」
「龍穴は、心当たりがあるんですか」
「私の知る限り、王都の近くにも、いくつかある。一番近いものは、宮廷魔術師たちが、普段から利用している場所だ。最大級のものは、東の山脈にあるそうだが……そちらは、まだ詳しく調べていない」
「星銀は?」
「王都の、ドワーフの鍛冶屋が、確か扱っていたはずだ」
ソニアは、そう言うと、少し疲れたように、椅子の背にもたれた。ここ数日、理論と実践の橋渡しに、二人でずっと没頭していた。結城は、その横顔にふと気づき、労うように、そっと肩に手を置いた。
「まずは、魔結晶からですね。冒険者ギルドに、行ってきます」
「頼んだぞ」
ソニアは、そう言って、小さく微笑んだ。
―――
冒険者ギルドの受付は、いつも通り、混み合っていた。
「高濃度の魔結晶……ですか。少々、お待ちを」
受付の職員は、台帳をめくりながら、申し訳なさそうに眉を下げた。
「あいにく、今は在庫がありません。ただ——ちょうど、半日ほど前に、南の森で、シャドウウルフの群れの目撃情報が入っています。群れのボス個体なら、高濃度の魔結晶を宿しているはずです」
「シャドウウルフ……」
「配下と、視覚や位置の情報を共有する、厄介な魔物です。その連携を使って、敵の死角へ一瞬で回り込み、影の中から、予期せぬ奇襲を仕掛けてきます。くれぐれも、ご注意を」
結城たちは、その注意を胸に刻みながら、南の森へと向かった。
―――
森に足を踏み入れて間もなく、腹を空かせていたのか、二十ほどの群れが、一斉に姿を現した。
「来るぞ!」
神崎の声を合図に、前衛のクロエ、神崎、ガルムが、群れを威嚇するように、まず一当てを仕掛ける。数匹が、たちまち斬り伏せられた。
だが、狼たちの威嚇は、なおも止まなかった。その隙に——群れは、影から回り込むようにして、後方から、一斉に牙を剥いてきた。
「後ろ!」
結城とシルヴィアが、すかさず、背後の群れへ攻撃魔法を放つ。東條、ケイン、ロイも、それぞれ近くの狼を、着実に仕留めていく。
乱戦の隙をついて、群れのボスが、皆川めがけて跳びかかった。
「っ——」
皆川の顔が、恐怖に強張る。だが、咄嗟に張った防御魔法が、ボスの牙を弾き返した。
「今だ!」
ロイが、地を蹴り、ボスの首筋へ、迷いなく刃を突き立てる。致命傷を受けたボスは、低く唸り、そのまま崩れ落ちた。
統率を失った群れは、我先にと、森の奥へ逃げ散っていった。
「……澄香、大丈夫か!」
神崎が、真っ先に、皆川のもとへ駆け寄る。
「大丈夫、です。守って、もらったので」
皆川は、震える声でそう答えながらも、ロイに向かって、しっかりと頭を下げた。
「ロイ、ありがとう」
「いや……間に合って、良かった」
ロイは、剣を鞘に収めながら、少し照れくさそうに、頬をかいた。
ギルドに戻り、解体と買い取りを済ませると、目当ての高濃度な魔結晶が、無事に一行の手元に残った。
ーーー
翌日、一行は、教えられたドワーフの鍛冶屋を訪ねた。
「星銀か……悪いが、ここ数年、まったく入ってきていないな」
白髪交じりの髭を撫でながら、ドワーフの主人が、渋い顔をする。
「南の、砂漠前の町にはあるかもしれん。昔、巨大な隕石が落ちたクレーターの跡地が近くにあってな。そこで、採れる」
「その町、まだ星銀を?」
「今は、めっきり需要が減ってな。噂じゃ、大量に放置されたままらしい」
こうして、一行は、南の町を目指すことになった。
―――
車を数日走らせ、一行は、ようやく南の町に到着した。
王都よりも、気温が高く、空気は乾いている。かつては、それなりの人口を抱えていたというその町も、星銀に代わる素材へと需要が移るにつれ、少しずつ、寂れていったらしい。
「今は職人がいないから、原石も星銀も、置いていないよ。原石なら、鉱山に行けば、いくらでも転がっているけどね」
町での聞き込みで、そう教えられ、一行は、数キロ離れた鉱山へ向かった。
巨大なクレーターの底には、朽ちかけた作業小屋と、無数の鉱石の破片が、そのまま転がっていた。ドワーフから聞いた特徴に合う石を見つけ、一行は、丁寧に採取していく。
「まだまだ、奥にはありそうだけど……今回は、これくらいにしとくか」
神崎の一言で、採取を切り上げる。
「南の国では、もっと採れるらしいがな」
案内をしてくれた土地の者が、そう付け加えた。
「あちらは、別の鋼材が見つかって、今はそちらに力を入れているらしい。星銀の鉱脈は、手つかずのままだそうだ」
―――
王都に戻った一行は、ドワーフの鍛冶屋に原石を渡し、製錬を依頼した。
「お前ら、これで、剣を作らないのか?」
ドワーフの主人が、原石を見つめながら、ふと尋ねる。
「剣が、出来るんですか」
神崎が、目を輝かせて聞き返した。
「今は、すっかり流行らなくなったが……昔は、伝説とまで言われた代物だ。製錬に時間がかかるし、値も張る。だから、少し性能は落ちても、扱いやすい別の鋼材に、時代は移っちまった」
ドワーフは、そう言うと、少し寂しげに、原石を撫でた。
「私の剣を、試しに作ってくれないか」
東條が、静かに、そう申し出た。ドワーフは、その言葉に、驚いたように顔を上げると、久しぶりに、口元を緩めた。
「……いいだろう。腕によりを、かけてやる」
―――
数日後、精錬された星銀が、完成した。
一部は、原石と共に、緒方を通じて日本での分析に回された。東條の剣は、まだしばらく時間がかかるという。
それでも——召喚と転移、それぞれの実験に必要な素材は、これで、ひとまず揃った。
「あとは、いよいよ、実験だな」
結城の呟きに、ソニアが、静かに頷いた。




