第15話 グレーカレコ商事
その日の夜、緒方は借家の小さな机に向かい、テラ・マートの画面を開いていた。
魔道具店の事務仕事を終えた後の、いつもの習慣だった。出店した品の在庫状況、ポイントの残高——どれも、地道な数字の積み重ねでしかなかった。今日も、特に変わったことはないだろうと思っていた。
半透明の四角い枠が、いつものように浮かび上がる。画面を閉じようとした時、見慣れない場所に小さな通知が点いていることに気づいた。
「専用連絡ボックス」——出店者向けの、問い合わせ専用の窓口らしかった。今まで一度も使ったことがない機能だった。
開いてみると、短い文章が一件、届いていた。
「緒方さん。これを見ていたら、返信してください。中野です」
緒方は、画面を見たまま、しばらく動けなかった。
中野——あの、支援魔術師の少年。数週間前、ダンジョンで事故が起きて、姿を消したと聞いていた。城から訪ねてきた役人が、淡々とした口調で伝えてきた話だった。詳しい状況までは教えてもらえなかったが、五人のうち一人が、二度と戻らなかったという結論だけは、はっきりと聞かされていた。
てっきり、もう……
いや、待て。
この出品は、座標を小山市付近に限定して登録していた。テラ・マートの規約上、対象座標の外には発送できない仕組みだ。つまり、この質問を送ってきた人物は、間違いなく小山市の周辺にいる。
中野が通っていたあの高校も、小山市だ。
偶然とは思えなかった。中野は、無事に地球へ帰れたのだ。
気づいた時には、声が漏れていた。
「……生きてたのか」
誰もいない部屋で、それだけ呟いて、緒方は片手で顔を覆った。困った時に笑ってしまう癖が、今度は別の意味で発動した。笑いながら、目の縁が熱くなっているのが分かった。
落ち着くまで、しばらく時間がかかった。
返信したい。だが、この連絡ボックスから直接返事を送る機能は、どうやら無いらしい。出店者から購入者に何かを伝える手段は、結局、商品として出品する以外になかった。
前職の事務仕事で、通販サイトのトラブル対応を何度かやったことがある。そういう知識が、こんな場所で役に立つとは思わなかった。
緒方は、小さな木箱を一つ用意した。中に、手紙を一枚だけ入れる。長すぎる文章は、向こうにも余計な心配をかけるだけだ。短く、それでも伝えたいことだけを書いた。
「中野くん。元気そうで、何よりです。あなたが帰れたこと、本当に良かった。
賢者たちのことも、伝えたいことがあります。ただ、今は少しだけ時間をください。
また連絡します」
出品する際、店舗名を変える必要があった。「緒方商店」のままでは、学校の寮宛に荷物が届いた時、誰かに妙な目で見られるかもしれない。事務職員時代に、中野の受験事務を担当していたことを思い出し、寮の住所はすでに記憶にあった。
店舗名を、「グレーカレコ商事」に変更する。いかにも業務用の、無難な響きの名前だった。
配送設定を確認すると、「即時転送・午前零時着指定」という項目があった。詳しい仕組みは分からないが、テラ・マートが地球側への受け渡しを、深夜の置き配という形で処理してくれるらしい。
緒方は、その設定をそのまま選んで、発送ボタンを押した。
画面が閉じた後も、緒方はしばらく、その場に座ったままだった。
数週間前から抱えていた、賢者たちの行方。それを伝える相手が、ようやく一人見つかった。
窓の外、異世界の夜空には、見慣れない数の星が浮かんでいた。緒方は、その星を見上げながら、もう一度、声に出さずに呟いた。
——よかった。本当に、よかった。




