第14話 小山市限定
寮の自室で、拓也はノートパソコンを開いていた。高校に入学する時、親に買ってもらったものだった。普段はレポートや調べ物くらいにしか使っていない。
その日は、特に用もなかった。ただ、最近の出来事——賢者の母親、弁護士、記者、聖女の母親——を思い返しているうちに、妙な疲労感が押し寄せてきていた。
誰にも、本当のことを話せない。
それが分かっているからこそ、せめて自分の中だけで、何かを確かめたくなった。検索バーに、半信半疑のまま、その国の名前を打ち込んでみる。
——グレーカレコ王国。
検索結果は、当然のように何もなかった。架空の小説のタイトルかと提案されるだけで、それ以外には何も出てこない。
まあ、そうだよな。
拓也は小さく笑って、検索バーを閉じようとした。ふと、別のアプリのアイコンが目に入る。普段は使わない、フリマアプリだった。寮の誰かが、使わなくなった教科書を売るために勧めてきて、何となく入れていたものだった。
ものは試しに、と同じ言葉を打ち込んでみる。
——一件、ヒットした。
拓也は、画面を見たまま、しばらく固まっていた。
出品されていたのは、何かの道具らしかった。商品名の説明文が、やけにぎこちない日本語だった。「これは魔力を持つ者にのみ機能を発揮する伝統工芸品です。グレーカレコ王国の正式な認証を得ております」というような文章が、句読点の位置も妙にずれたまま並んでいる。
質問欄を覗くと、誰かがこう尋ねていた。
「すみません、出品者さんは中国の方ですか? 説明文が機械翻訳っぽいので」
拓也は思わず、声に出さずに笑ってしまった。中国じゃない。もっと遠い。
レビュー欄には、★一つの評価が一件だけついていた。
「ゴミ。買うのやめた方がいい」
それだけの、短い評価だった。たぶん、魔力のない誰かが、何も起きない道具を手にして、がっかりしたのだろう。
そして、商品ページの一番下、配送方法の欄に、決定的な一文があった。
「※発送は栃木県小山市内のみ対応しております」
拓也は、息を止めた。
小山市。自分が通っている学校がある場所だ。あのおっさんのスキル——テラ・マート、とかいう名前だった——が、確かにその辺りの座標を指していたという話を、ダンジョンの中で聞いた記憶がある。賢者が、妙に熱心な目を向けていたという、あのスキルの話だ。
出品者の欄に目を移す。
店舗名:「緒方商店」
もう、疑う余地はなかった。
拓也は、しばらく画面を見つめたまま動けなかった。半年以上、誰にも話せないまま抱えてきたものが、こんな形で、こんな場所から、不意に繋がってくるとは思わなかった。
手が震えそうになるのを抑えながら、質問欄に文字を打ち込んでいく。
質問欄は、誰でも見られる場所だった。長く書けば、それだけ余計な情報も誰かの目に触れる。何度も書き直した末、結局、一番短い言葉だけを残した。
「緒方さん。これを見ていたら、返信してください。中野です」
送信ボタンを押す。
返事が来るかどうかは分からない。それでも、何かを送ったという事実だけで、これまでの孤独感が、少しだけ軽くなった気がした。
窓の外は、もう完全に暗くなっていた。拓也は、しばらくその場に座ったまま、画面を見つめ続けていた。




