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異世界帰りの俺と、残された四人 ―テラ・マートは知っている―  作者: 山田村


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第147話 婿入り





 王城の奥、ソニアの研究室。


 結城が調合したエリクサーを飲み干した直後、ソニアの体が、淡い光を放った。光は、生まれつき不自由だった脚の付け根に集まり、じわりと熱を持つように、輝きを増していく。


 服の下の様子までは確かめようがなかったが、しばらくすると、その反応は落ち着いたように見えた。


「お加減は、どうですか」


 結城が、恐る恐る尋ねる。


「い、今……確認する」


 ソニアは、そう答えると、椅子から立ち上がり、恐る恐る歩き始めた。


「おお……足の動きを阻害していたものが、無くなっている。歩ける……歩けるぞ!」


 一歩、また一歩。ソニアの声には、抑えきれない驚きが滲んでいた。


 しばらく、その場に沈黙が落ちる。結城もソニアも、ただ、その一歩一歩を見つめていた。


「……あー、実際の足の変化そのものを、観察するのを忘れた。なんと愚かな」


 我に返ったソニアが、額に手を当てて呟いた。


「ソニア様、実際に薬を体験され、足が完治したことについて、体験者として書き留めてはいかがですか」


 結城の提案に、ソニアは、はっとしたように顔を上げた。


「それも、そうだな。記憶がはっきりしている間に、書き始めよう。……すまん、今日はこれで」


 ソニアは、そう言うなり机に向かい、羽根ペンを手に、興奮を隠しきれない様子で書き殴り始めた。結城は、その背に一礼すると、静かに研究室を後にした。


―――


 エリクサーの反応が落ち着いてから、数日が過ぎた頃だった。


 王妃の使いが、結城のもとを訪れた。


「ソニア様は、貴重なエリクサーの対価など要らぬと、王妃様に訴えられました。自らの知識を共有し、共に研鑽することで許してほしいと」


 使いの者は、そう切り出すと、わずかに言いにくそうに、間を置いた。


「ですが、王妃様は……国宝級の薬をいただいたからには、対価として、ソニア様ご自身を差し出すべきだと諭され、その方向で話が進んでおります。そのおつもりで、お願いいたします」


 結城は、あまりに急な話に、言葉を失った。


「……身分が、違い過ぎます」


 ようやく、それだけを絞り出す。


「勇者パーティーの賢者様は、我が国では名誉伯爵になられます。十分な身分でございますよ」


 使いは、事もなげに、そう返した。


 結城は、それ以上、何も言えなかった。抵抗する余地など、最初から残されていなかったのだと、ようやく悟る。


―――


 結婚の話は、瞬く間に、王城の中を駆け巡った。緒方をはじめ、隼人たちの耳にも、すぐに入った。


「王妃様の狙い、分かるか」


 緒方が、皆を集めて、そう切り出した。


「俺たちを、この国に繋ぎ止めておきたいんだろう。今回の縁談は、その布石だ」


 その見立てに、結城も隼人たちも、異論はなかった。


「どのみち、いつ帰れるかも分からないのが、今の状況だ。召喚の専門家の話を、一番近くで聞いて理解できるのは、結城しかいない」


 緒方は、そう言うと、結城を見た。


「すまん! 押し付けるみたいで」


 隼人が、片手を立てて謝る。


「……まあ、ソニア様が、悪い人ではないのが救いだ」


 結城は、諦めたように、そう呟いた。


「ああ、それに、美人だし」


 隼人が、軽い調子で付け加える。


 結城は、その言葉には、何も返さなかった。


 もっとも、この縁談には、単なる引き止め以上の意味もあった。


 メイフィールド伯爵家は、代々、女系の血が続く家系だった。女児が生まれやすい家系ゆえ、有望な魔術師を婿に迎えることで、家を存続させてきた。ソニアの研究室にも、助手として、メイフィールド伯爵家から長女と三女が派遣されている。


 王家からソニアを養子として迎え、賢者である結城がその婿に入る——それは、メイフィールド伯爵家の長い歴史の中でも、初めてのことだった。


―――


 数日後、結城は、改めてソニアの研究室を訪れた。


「結城殿、すまんな。こんな、行き遅れで」


 開口一番、ソニアは、自嘲気味に、そう切り出した。


「いえ。ソニア様は、まだ二十歳ではありませんか。お若いですよ」


 結城は、慌てて、そう返す。


 ソニアは、その返答に、ふっと表情を緩めた。


 二人は、そんな短いやり取りを交わすと、早速、召喚魔法についての講義を始めた。


―――


 それから数日後、結城は、研究室の照明を明るくするため、魔石発電機を持ち込み、照明器具を設置した。あわせて、パソコンも運び込み、山と積まれた本や資料をスキャンして、データとして纏め始める。


 結城のその作業に、興味を示したのは、ソニアだった。


「私にも、使えるようにしてくれ」


 ソニアは、そう言うと、使い方を一から教わり、瞬く間に自分のものにしていった。データの管理や整理は、AIが得意とする作業だ。おかげで、作業の効率だけでなく、結城自身の学習効率まで、目に見えて上がっていった。


―――


 そんなある日、具体的な結婚の話がまとまり、簡素な式を行う日取りが決まった。


 もっとも、そこに至るまでには、ひと悶着もあった。


 問題は、日本の結城家の方にあった。神崎から、結城遼の結婚とその経緯についての説明を受けた母親が、興奮して、なかなか落ち着いていられなかったのだ。


 結城は、父親に宛てて、事の次第をまとめたレポートを託した。翌日、「取り乱してすみません」と連絡が入り、母親も、ようやく落ち着いたようだった。


 紆余曲折を経て、二人は、無事にその日を迎えることになる。


―――


 数日後、屋敷内で行われた結婚式と、屋外でのささやかなパーティーの映像が、日本へと送られた。


 ソニアと遼、二人の挨拶を映像越しに聞いた母親は、大粒の涙を流し、しばらく泣き止まなかった。


「遼、美人の奥さんを大事にしろよ」


 父からは、そんな一言を添えた、祝いのメッセージが残されていた。


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