第145話 値のつけられないもの
続いて政府が発表したのは、鉱物資源についてだった。
エテリム——チタンに似た特殊な金属は、その希少性から、当面、アメリカ限定での取り扱いとなることが明かされた。クラニウム——タングステンに似た金属、ネオジム、金は、いずれも地球の既存資源と成分が同じであるため、市場価格が急激に変動し、バランスが崩れることを避けるべく、限定取引という形が取られることになった。
赤い石(赤いダイヤモンド)についても、同様の理由で、限定取引とされた。数点だけが見本品として、一カラット以上の原石のみを使った、ステートメント・ネックレスとイヤリングに加工され、展示・貸し出しされている。値段は、あえて、つけられていない。
産出量に応じて、上質なものだけを厳選し、限定的に販売する一方、それ以外の大半は、工業向けとして、大量に供給される方針だという。
ある友好国の王室には、ティアラやステートメント・ネックレス、イヤリングが、特別に贈呈されているらしい。
この発表を受け、各企業の株価も、連動する形で、大きく動いた。
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一方、回復薬については、密やかに、それでいて、切実な噂が広がり続けていた。
何としても手に入れたい薬——セレブたちの間では、そんな評判が、ひそひそと囁かれている。だが、政府は、その要望を、すべて、シャットアウトしていた。
当然、そうした姿勢に、批判は集中した。日本でも、アメリカでも、事情は変わらなかった。
医療制度や医薬品業界とも、微妙な距離感の中にある鷲尾は、業界関係者と、何度か会談を重ねていた。結論は、いつも同じところに落ち着いた——導入は、現実的に無理がある、と。
自国での生産ができない以上、供給が追いつかない。国民全体に行き渡らせることなど、到底不可能だ。アメリカをはじめとする世界規模で考えれば、なおのことだった。
もっとも、こちらで再現できる劣化版もある。だが、その効果は、せいぜい、最高級の栄養ドリンク程度に過ぎない。海外で言うなら、「至高エナジードリンク」とでも呼べる程度の代物だった。
それでも、メーカー各社は、その劣化版の生産に、一儲けの機会を見出しているようだった。この動きは、恐らく、世界共通のものだろう。
業界の中にも、個人的に、本物を必要としている者がいた。その複雑な心境は、鷲尾にも、理解できないわけではなかった。
「自分は、欲しい。だが、会社としては、反対せざるを得ない」
そういう立場の者も、少なくないのだった。
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マスコミやSNSでは、「可哀想なこの子に、支援を」という声が、日々、飛び交っていた。だが、そうした個別の訴えに応じることは、一切、していない。
こちらで定めた手続きに従い、規約への同意を得た上で、その中から、抽選によって選ぶという方式が、予定されていた。
アメリカは、もっと、あからさまだった。だが、その分、規定自体は、明確だった。
軍人、あるいは支援者であることが、優先条件となる。まず、その枠から、最も早い配布が行われる。次に、アメリカ国籍を持ち、反政府的な団体との繋がりがないこと。その条件を満たした者たちの中から、抽選が行われる仕組みだった。
いずれにせよ、結局のところ——政府に近い立場の者ほど、支援を受けやすい構図になっていることは、否めなかった。
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鷲尾は、先日のやり取りを、思い出していた。
野党党首が、官邸に乗り込んできて、怒鳴り散らして帰っていった一件だった。
「法案に、賛成してやる。だから、薬をよこせ」
「今回の法案に、賛成していただけるなら……検討はいたします」
「貴様、儂を、信じられんのか」
「はい。これまでの経緯が、ございますので」
鷲尾が、静かに、そう返すと、野党党首は、顔を真っ赤にした。
「分かった。全力で、阻止してやる。……覚えていろよ」
捨て台詞を残し、党首は、荒々しく、官邸を後にしていった。
鷲尾は、その背中を見送りながら、小さく、息を吐いた。薬一本の重みが、政治の駆け引きにまで、確実に、影を落とし始めていた。
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東京での予定を終え、拓也は、宮下の元へ向かった。
一階に着くと、あの女が、椅子に腰かけたまま、田和マンの通路を塞ぐようにして座っていた。項垂れて、心なしか、いつもより元気がない様子だった。
拓也は、数分間だけ効果を発揮する、眠りの魔道具を使い、その脇を、静かに通り抜けた。
階段を上がっていくと、二階から、人が出てくる気配があった。
六十代ほどの男性——老齢の騎士を思わせる、どこか凛とした雰囲気を纏った人物だった。目が合った瞬間、男は、すっと視線を逸らし、下にいる女の様子を確かめてから、物音一つ立てずに、階下へと下りていった。
拓也は、その背中を見送りながら、三階へと上がり、宮下の部屋のドアを叩いた。
すると、隣の部屋から、氷室が顔を出す。
「宮下、もうすぐ帰ってくると思うぞ」
「この時間に伺うと言われていたので、少し待たせてもらいます」
「私の部屋に、入れるわけにはいかないからな。一応、女だし。キャハハ」
氷室が、そう言って笑う。拓也は、持っていた冷たいほうじ茶を、氷室に差し出した。
「よかったら、どうぞ」
「おー、気が利くなー」
「それと、これも」
拓也は、翔文社の本を、一冊、氷室に手渡した。
「『放蕩貴族の生活日記』……何これ」
「これは、没落した貴族が、町で生き抜くために書いた、王都のガイドブックです。レストランや居酒屋、風俗店、奴隷商まで、色々載ってます」
「ふーん。大野の仕事か」
拓也は、その本に大野が関わっていることを、あえて、知らないふりをした。
そこへ、宮下が戻ってきた。
「拓也くん、お待たせ。お、これが例の本か。楽しみだ」
「あのー、ちょっと、聞いてもいいですか」
拓也が、そう切り出すと、二人が、揃って首を傾げた。
「「なに?」」
「二階の、六十代くらいの渋い人って……」
「ああ、あの謎の人物ね。私、ここに越してきてから、一度も、見たことないよ」
「俺は、一度だけある。それも、後ろ姿だけだけどな」
沈黙が、その場を、静かに包んだ。
二階の男の正体は、結局、謎のままだった。




