第144話 一番近くにいた人たち
国内では、発表直後から、あらゆるテレビ番組が、特別編成を組んでいた。
どこの局にも、「自称専門家」なる人物が、次々と呼ばれてはコメントを述べていく。
「私は、以前から、こうなることを予見しておりました」
根拠らしい根拠もないまま、したり顔で語る者たちに、SNS上では、冷笑混じりの突っ込みが相次いだ。
その一方で、笑い事では済まされない動きも、静かに広がっていた。
異世界をテーマにした、新興の宗教団体が、いくつも立ち上がり始めていたのだ。
「これは、神々の世界からの啓示です」
そんな触れ込みで、信者を集める動きが、各地で報告されるようになっていた。
―――
政府の発表に続き、関連すると見られる企業各社も、それぞれ記者会見を開き、続々と新商品を発表していった。
ただし、回復薬に関してだけは、取り扱いに注意を要するとして、いまだ、正式な発表は控えられていた。
会見の場では、マーカス・レインに対しても、記者から、薬に関する質問が飛んだ。
「薬に関するご質問は、お受けしません」
事前に、そう申し合わせていた通り、マーカスは、その質問への回答を、きっぱりと拒んだ。
異世界との交流の詳細についても、「現時点では、お答えできません」の一点張りだった。
その代わりとして公開されたのが、国内の転生者たちを除いた、異世界の街並みや人々——獣人やエルフの姿を含む——の映像だった。
そして、もう一つ。クロエが歌う、アメリカで流行した楽曲の映像も、あわせて公開された。
この映像が、思いがけない反響を呼んだ。
クロエの歌声は、アメリカ国内で、瞬く間にバズりを見せ、あっという間に、時の人となっていった。
ーーー
関連すると見られる企業各社の株価も、軒並み、大きく値を上げていた。
その裏で、水面下の動きも、静かに進んでいた。某国の資本と見られる筋が、複数の関連企業に対し、株式の取得を試みていたのだ。
だが、政府の迅速な介入により、その工作は、未然に食い止められた。表立って報じられることはなかったが、関係者の間では、ひやりとする一幕として、記憶されることになった。
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宮下と氷室は、拓也が、この一件の関係者だとは、まだ知らずにいた。
二人は、いつも通り、田和マンの一室で、公開された映像を見ながら、盛り上がっていた。
「マジで、エルフとかいるんだな……」
「拓也くん、こういうの、興味ありそう」
二人には、まだ、それが冗談として響いていた。
一方、一階に住む「狂人」と呼ばれていた女は、この一件を、決して見過ごさなかった。
異世界の存在が公になったことで、女は、これまで以上に、「先生」の教えを、妄信するようになっていった。
「あの世界こそが、真の神の座す場所——先生の仰っていたことは、すべて、本当だったんです」
そう語る女の目は、信仰というより、縋りつくような色を帯びていた。彼女を突き動かしているのは、本当の意味での信心というより——先生との、姓奴隷まがいの関係から、もはや抜け出せなくなっているという、もっと切実な事情の方が、大きいのかもしれなかった。
女は、あの「先生」と共に、新たな勧誘活動を始めていた。異世界という、何よりの「証拠」を得たことで、彼らの活動は、以前にも増して、勢いを増しているようだった。
―――
深町先生は、公開された映像を見ながら、静かに、独り言ちた。
「……ついに、発表になったんだね」
大野も、同じ思いを抱いていた。これまで、秘密として抱え続けてきたものが、ようやく、公の場に出た——その安堵と、一抹の寂しさが入り混じった心境だった。
翔文社は、この機を逃さず、自社の刊行してきた本が、正真正銘、本物の異世界から得たものであることを、世界に向けて公表した。この発表が、社の知名度を、一気に押し上げることになった。
原本を欲しがる読者や研究者が、瞬く間に増え、売上は、倍増の兆しを見せ始めていた。あまりの需要に、自社だけでは処理しきれない仕事も出始め、一部を他社に発注せざるを得ないほど、状況は上向いていた。
中野家でも、テレビの前で、同じ言葉が交わされていた。
「とうとう、この日が来たか」
父が、そう呟く。母と静香も、それぞれの思いを胸に、画面を見つめていた。
葵もまた、自室で、その一報を受け止めていた。
「……先輩、これで、少しは、肩の荷が下りましたか」
誰に向けるでもなく、そう呟く。長く保たれてきた秘密が、ようやく、社会全体の中に位置づけられたことへの、静かな感慨だった。




