第140話 血を流さぬ英雄
村に戻ると、イルシャは、長老に、一連の顛末を報告した。
「まさか……見てくるだけかと思っていたが、討伐までしてしまうとはな。まるで、伝説の英雄のようだ」
「これが、討伐証明の魔結晶です」
結城が、黄色く輝く魔結晶を、差し出した。
「これは……伝承通りの、黄色い魔結晶だ」
長老は、それを手に取り、しばし、目を細めた。
「儂らには、古くから伝わる言葉がある。『外から来た英雄は、何も奪わず、何も疑わず、我らの代わりに災いの獣を倒し、一人の血も流さず帰る者——そういう者を、我らは友として迎えるべし』とな」
「……そんな伝承が」
「儂らは、お前たちを、家族として迎えよう」
思いがけない流れで、一行は、家族待遇を受けることになった。
もっとも、これまでのやり取りは、長老による、一種の試験だったのだろう——結城は、そう感じていた。
―――
その日は、暖かな空気に包まれ、村では、小さな歓迎会が開かれた。
客人をもてなすための、よそ行きの料理ではない。遠くから帰ってきた家族に振る舞う、ささやかなご馳走だった。
その夜、長老は、幻級回復薬のレシピを、正式に教えてくれた。
「一つ目——マンドラゴラは、生きたまま扱えば、絶叫する。必ず、あらかじめ息の根を止めてから、扱うことだ。抜いた時点で死んでいると勘違いすれば、不幸を呼ぶ」
「二つ目——マンドラゴラの持つ麻痺毒は、治癒草の成分によって中和される。漆黒だった色が、澄んだ紫色に変わる。この変化を見逃せば、薬にはならん」
「そして、最後——鍋全体が、黄金色のまばゆい光に包まれ、透き通った『純金色』の液体に変わったら、完成だ」
重要な要点を、一つ残らず教わった。
翌日、イルシャが、壺に入れた世界樹の雫を、届けてくれた。
結城は、早速、幻級回復薬の調合に取りかかった。緒方から用意されていた実験道具を使い、長老から教わったレシピに、忠実に沿っていく。マンドラゴラは、すでにマジックバッグの中で息絶えていたため、そのまま使うことができた。
二つの工程を経て、世界樹の雫を、三滴、垂らす。
鍋の中身が、黄金色のまばゆい光に包まれ——透き通った、純金色の液体へと変わった。
——成功だ。
結城は、長老に、手足を失った者はいないかと尋ねた。狩りの最中、獣に指を食いちぎられ、そのまま持ち去られてしまった男が一人いるという。名を、ダロンといった。長老の了承を得て、ダロンに、その薬を試してもらうことになった。
皆の注目を集める中、ダロンは、純金の液体を、一息に飲み干した。
全身が、淡く光り始める。光は、欠損した指に向かって、集中していく。だんだんと、その輝きを増しながら、指の根元から、ゆっくりと、指先までが形作られていった。まるで、スローモーションを見ているかのような、ゆったりとした再生だった。
やがて、爪先まで、光が行き渡ると——静かに、光は消えた。
「「うおー!」」
歓声が、村中に響いた。成功だった。
長老は、深く祝福の言葉を述べた後、静かに、種明かしをした。
「結城よ。これは、並の者が作っても、出来はしない。お前の魔力と、スキルによる作用があってこそ、完成した薬だ」
結城は、村のために、もう一本、幻級回復薬を作り、長老に手渡した。
「もしもの時に、お使いください」
そう言い残し、一行は、村を後にした。
―――
結城は、緒方の屋敷で、薬の製作を続けていた。
一方、緒方は、実証実験に協力してくれる者を、探し始めていた。
考え抜いた末、緒方が向かったのは、奴隷商の元だった。手足を欠損した奴隷を、探すためだった。
そこにいたのは、傭兵として働くうち、怪我で利き腕を失った女性だった。借金を返しきれず、経済奴隷となっていた。荒事や力仕事はできず、体を売る仕事を希望しているという。
奴隷商の主人が、わざとらしく、問いかけてくる。
「姓奴隷は、初めてでございますね」
緒方は、その問いには答えず、女性に、直接、尋ねた。
「回復薬を飲むのが、最初の仕事になるが……構わないか」
「……は?」
「構わないか」
もう一度、問い直すと、女性は、小さく頷いた。
「……はい」
「仕事の内容には、警備や、力仕事も含まれるが、構わないか」
「はい」
その返事をもって、契約が結ばれた。
女性の名は、レイラといった。
結城は、その頃には、すでに数本の幻級回復薬を、作り終えていた。
緒方は、レンズを構え、記録の準備を始めた。
「奴隷のレイラだ。実験への同意は、得ている。今から、撮影を始める」
欠損した利き腕が、袖に隠れて見えなかったため、腕がはっきり見えるようにと、指示を出す。レイラは、薄手のシャツを脱ぎ、下着姿になって、腕がよく見えるようにした。
「今から、実験をします。レイラ、これを飲んでください」
緒方が、レンズに目を向けたまま、レイラに促す。
レイラは、一瞬、ためらう様子を見せたが、すぐに、その液体を、一息に飲み干した。
全身が、淡く光り始める——。
やがて、腕が、完全に元通りになった時、レイラは、緒方に、すがりつくようにして、嗚咽を漏らしながら泣いていた。
戻った手で、緒方の手を握りしめ、膝をついたまま、よく聞き取れないほどの声で、何度も、感謝の言葉を口にしていた。
―――
拓也の元に、エリクサーの本体と、記録映像が届けられた。
拓也は、確認のため、まず、神崎に連絡を入れた。
数日後、マーカス・レインに連絡すると、彼は、飛ぶようにして、駆けつけてきた。
数分間の映像を、食い入るように確認したマーカスは、エリクサーを手に、そのまま、帰っていった。




