第139話 万物進化の霊薬
集落に足を踏み入れると、外からの視線は、想像以上に鋭かった。木々の合間から、幾つもの目が、こちらの一挙一動を、静かに追っている。
案内に立った女性は、名を、イルシャと名乗った。
「長老に、話を通す。だが、期待はするな。世界樹の雫を、外部の者に渡したことなど、これまで、ほとんど無い」
案内された広間には、すでに、白髪の老人が待っていた。長老らしい。
「エルフに似た者を連れているようだが……血縁ではない、と聞いたが」
「はい。ですが、彼女は、私たちの、大切な仲間です」
結城が、そう答えると、長老は、しばし、目を閉じた。
沈黙が、重く場を支配する。
その空気を破ったのは、クロエだった。
「歌を、一つ、聞いてもらえないか」
「歌、だと?」
「ここに来る前に、少しだけ、あなた方に伝わる古い旋律を、調べさせてもらった。失礼を承知で……歌わせてほしい」
長老が、わずかに眉を動かす中、クロエは、静かに、歌い始めた。
澄んだ声が、広間に響き渡る。それは、故郷の言葉とは違う、この地に伝わる旋律だったが、クロエの声には、不思議と、その土地の記憶を呼び覚ますような響きがあった。
長老の目が、わずかに、見開かれた。
「……その節回し、どこで」
「旅の途中、南の集落で、年老いた語り部から。あなた方の一族と、遠い縁があると聞いて、少し、勉強させてもらった」
しばしの沈黙の後、長老は、小さく息を吐いた。
「……面白い客人だ。少なくとも、話を聞く価値は、あるようだな」
「ありがとうございます」
「ただし——雫を渡すかどうかは、また、別の話だ。まずは、お前たちが、何のために、それを必要としているのか。それを、聞かせてもらおう」
長老の言葉に、一行は、互いに、小さく頷き合った。
交渉は、ここから、本題に入ろうとしていた。
―――
結城は、小細工を弄することなく、素直に事情を打ち明けた。
幻級回復薬を作るために、ここまでやってきたこと。理由は、鼻と左胸、左腕を失った、同じ年頃の少女——その父親が、何とかして娘を救いたいと願う姿に、共感したからだということ。
長老は、しばらく、結城の顔を見つめていた。
「……嘘は、無いようだな」
そう呟いた後、続けた。
「して——儂らの秘宝を、奪いに来たわけでは、なさそうだな」
「秘宝?」
結城が、思わず、聞き返す。
「それも、知らんのか。……ならば、それも、よかろう」
長老は、静かに、語り始めた。
「『万物進化の霊薬』という、一時的に限界を超えたステータス上昇、あるいは、眠っていた潜在能力——スキルの開花をもたらす薬がある」
「そんな、凄い薬があるのですか」
「ある。だが、過去に使い、その恩恵にあずかった者は、記録に残っていない。つまり——幻の秘薬、というわけだ。ハハハ」
「幻……」
結城が、思わず、呟く。
「お前たちは、幻級回復薬の作り方を、知っているのか」
「はい。材料と作り方は、調べてきました」
「では、述べてみよ」
その問いに、結城は、記憶にある手順を、一つずつ語っていった。
「まず、『マンドラゴラの根』と『治癒草』を、すり鉢に入れ、ペースト状になるまで、徹底的にすり潰します。次に、鍋に『精製水』と、潰した薬草を入れ、弱火でじっくり煮込みます。最後に、火を止めた後、仕上げとして、『世界樹の雫』を、三滴落とします」
「作り方は、合っている。だが——それだけでは、薬にはならんぞ」
長老は、そう告げ、結城の手順に、不備があることを、静かに指摘した。
結城は、言葉を失い、沈黙した。
「お前さんらが、かなりの手練れだということは、よく分かる。特に、さっきの歌の女、後ろの無口な男、そして——儂と話している、お前もな。もし、敵として来ていたなら、この村は、とうに滅びていただろう」
長老は、そこで、一つ、間を置いた。
「薬の作り方と、『世界樹の雫』——どちらも、分けてやってもいい。ただし、条件がある」
「条件、ですか」
「今、この村の南に、厄介な獣が生まれておる。あれを、放っておけば、いずれ厄災へと変わる。討伐してくれるなら、望みを叶えよう」
「村の方々では、対処できないのですか」
「村の者でも、討伐は不可能ではない。だが、生きて戻ってこられる者は、少なかろう。仲間を失うのは、悲しいものだからな……そういうことだ」
長老は、そう言って、傍らに控えていた女性に、目を向けた。
「イルシャ、案内してやれ」
一同は、頷き合い、イルシャの後に続いた。
―――
案内された先には、その獣がいた。
鹿のような角を生やした、熊——ただし、輪郭は、うっすらと透けている。
「透けなくなったら……森の半分の生き物が、食われることになる。私たちも、半分は、死ぬでしょうね」
イルシャが、抑えた声で、そう告げた。
「弱点は」
結城が、すぐさま、問いかける。
「火には、弱い。でも、それをやれば、森ごと燃える。魔法耐性も高い。物理攻撃も、大して効かない」
「奴の攻撃は」
「今は、魔法は放たない。角での物理攻撃と……獲物を、丸呑みにする」
「それにしても、でかいな」
ケインが、獣を見上げながら、呟いた。
「大物に対する、いつもの配置で行くか」
「一当てして、様子を見ながらでいいなら——このままで」
隼人が、そう応じる。
「「おー」」
短い掛け声と共に、一同は、一斉に動き出した。
獣は、見た目以上に、粘り強い体力を見せた。それでも、最後は、隼人の一太刀が、その体を、真っ二つに引き裂いた。
獣は、黄色く輝く魔結晶を残し、そのまま、消えていった。
「シルヴィア、すまん、助かったよ」
隼人が、そう声をかける。
「あの角、攻撃の前に、少しだけ伸びるから」
シルヴィアが、こともなげに、そう答えた。獣の隠し技を、瞬時に見抜いていたらしい。
あっさりと討伐された獣を目の当たりにし、イルシャは、しばし、呆然と立ち尽くしていた。
「帰りましょう」
ケインの一言に、我に返ったイルシャは、一行を連れ、村へと戻っていった。




