第136話 万能の駒
世界一の富豪として名高い、ある企業のトップ——マーカス・レインから、中野物産に、直接、電話がかかってきた。
「会いたい。話を、聞きたい」
拓也は、すぐに神崎へ連絡を入れ、報告した。
「同席します」
当日は、先方の希望により、小山市での面会となった。
二メートル近い、大柄な体格。それでいて、天才的な頭脳を持つビジネスマンだという。実際に会ってみると、行動的で、明るい男だった。
事前の調査は、驚くほど周到だった。自動車関連の話から、魔石を使った電力技術について、すでに情報を掴んでいる様子だった。米政府からも、異世界関連の話を、あらかじめ入手していたらしい。鷲尾からは、内密に、異世界との交易公開について、時期を見て発表する方針が、すでに伝えられていた。マーカスは、いわば、米政府から派遣された人物と言っても、差し支えない立場だった。
マーカスは、まず、発電について尋ねてきた。
「魔石発電については、桐生大吾氏が開発を担っています。私は、魔石の提供に関わっているだけで、詳しいことは、存じません」
拓也が、そう答えると、神崎が、話を引き取った。
「いずれは、公開されることになりますが、桐生氏をご紹介いたします。その先は、日本政府との交渉になるかと」
「了解した」
マーカスは、あっさりと頷いた後、身を乗り出した。
「何か、欲しいものはあるか? 異世界に、人工衛星を使った通信システムを、構築してもいい。私のロケットなら、百個の衛星を、一度に放出できる。もっとも、打ち上げには、スタッフが必要になるが」
「そうですか……残念ながら、人の移動自体が、不可能でして」
「ああ、なるほど。それなら、ヒューマン型ロボットなら、可能かもしれない。もっとも、まだ、そこまで技術が追いついていないが」
マーカスは、今、日本国内で法整備が進む、契約魔法にも、強い興味を抱いているようだった。企業の機密保持という観点から、その活用に注目しているらしい。
会議室で、グレーカレコ王国の街並みや城、住民、そして召喚された仲間たちの映像を見終えたところで、初めての訪問は、一区切りとなった。
お土産として、洗濯の魔道具と、中級回復薬を手渡す。
「ちなみに、上級もあるのか」
「今は、ありません。大変貴重な材料が必要で、まだ、作れないんです」
「……ちなみに、死者が蘇る、ということは」
「いえ。欠損した部位が、生えてくると聞いています」
その一言を聞いた瞬間、マーカスが、大声を上げた。
「拓也、何とか、手に入らないか」
その声には、それまでの余裕が、まるで嘘のように消えていた。
「……聞いてみます」
「頼む」
そう言い残し、マーカスは、帰っていった。
後になって、神崎が、そっと教えてくれた。マーカスの娘は、交通事故で、鼻と左胸、そして左腕を失っているのだという。現在、十九歳らしい。
―――
東京出張を終え、いつもの喫茶店に立ち寄った。
薄暗い店内を、さらに暗くするような顔をして、宮下が座っていた。
ドアの開く音に、宮下が、こちらを見る。
「拓也ー! 助けてくれー!」
すがるような声だった。
「宮下さん、また出たんですか」
幽霊の類だろうかと、拓也は、内心、身構えた。
「いや、初めて出会った日に、絡んできた女だよ。しつこくてね」
「ストーカーですか」
「いや、似たようなものだけど……俺が住んでるタワマンの一階に、ヤバい女が住んでてさ。しつこいんだよ」
「同じマンションの方でしたか。それは、困りますね」
「そうなんだよ。俺は、あんな怪しい宗教なんかやりたくないって言ってるのに、『あなたに、悪い獣の霊が憑いてます』って言われてさ。獣医学部だから、ぎょっとしたところに、『心当たり、ありますね』って迫られたのが、始まりなんだよ」
「それは……大変ですね」
「最近は、彼氏か何か知らないけど、二人で家の前に、待ち伏せしててさ。家に入れなくて、困ってるんだよ」
「一緒に、帰りますか」
「いいの?……頭おかしい人たちだから、話、通じないよ」
「暴力的なんですか」
「多少……女性の方が」
拓也は、少しの沈黙の後、静かに、声をかけた。
「向かいましょうか」
現場の手前には、女性と、五十代くらいの男が、待ち構えていた。
「あれですか」
「そう! あっ、こっちに気づいた」
男と女が、こちらへ向かって歩いてくる。
「宮下さん、こちらは、私の先輩で……教団の指導員をされている、先生です」
男を、そう紹介する。拓也は、その隙に、相手に気づかれぬよう、自白の魔道具を使用した。
拓也は、宮下の前に立ち、静かに問いかける。
「除霊は、できるのか」
「できません」
「詐欺か」
「詐欺ではありません。心のわだかまりを、取り除く……宗教的ビジネスです」
「お前の能力は」
「女性信者を増やし、金を増やすことです」
「この女も、金づるか」
「大勢いる、姓奴隷の一人です。私のために、献身的に、お金を稼いでくれます」
「お前は、信仰心はあるか」
「ありません。金と女が、すべてです」
「騙せる人間を見つけるのが、得意ということか」
「はい。分かります」
「女のことは、好きか」
「お金に関しては、満足しています。ただし……体臭がきつくて、我慢なりません」
「よく分かった。帰っていい」
男は、しばらく、沈黙した。
「先生、本当ですぁー!」
突然、女が、そう叫んだ。
「本当とは——神と私たちが、共に救われるために、日々生きること」
「先生、そのことじゃなくて、私のことです」
「神は、すべてを、愛しています」
「先生、先生は、私のことを、どう思っているんですか」
「神は、私と共にあります。ゆえに——すべてを、愛しています」
拓也は、二人がそうしている隙に、「田和マン」と書かれた、古い三階建てのマンションへと、足を踏み入れた。




