第135話 分け前という絆
王妃の御前に、宰相が、一冊の報告書を携えて参上した。
「王妃様、北方の情勢について、御報告に上がりました」
「うむ、聞こう」
「ヴォルガニア連合——北ガラニア国を滅ぼした、あの連合体についてでございます」
「あの、忌まわしい国か。して、どのような相手なのだ」
「はい。まず、申し上げておきたいのは——あれは、一枚岩の国家ではない、ということにございます」
「一枚岩ではない、とは」
「複数の騎馬部族が、一人の頭領のもとに、緩やかに結びついた、寄り合い所帯に近いものかと」
王妃は、わずかに眉をひそめた。
「寄せ集めか。……ならば、恐れるに足らぬのではないか」
「それが、そうとも言い切れません。結束の仕組みに、看過できぬ強さがございます」
「聞かせよ」
「連合を率いるのは、ガルダスと名乗る男にございます。王族の血を引く者ではなく、元は、草原地帯を渡り歩く一部族の長に過ぎなかったとの由」
「一介の部族長が、あれほどの勢力を?」
「はい。周辺の弱小部族を、武力と……ある一つの約束で、次々と傘下に収めていったと伝わっております」
「約束、とな」
「『奪った物は、必ず、皆で公平に分ける』——それが、その約束にございます」
王妃は、しばし、黙り込んだ。
「単純な話だな。……だが、それが、存外、効くのやもしれぬ」
「御慧眼にございます。戦や略奪で得た戦利品は、いったんすべて、ガルダスの元に集約されます。その後、功績に応じて、参加した者すべてに、必ず分け前が渡る仕組みになっているとのこと。個人が、現地で戦利品を独り占めすることは、厳しい重罪として扱われるそうです」
「独り占めした者は、罰せられる、と」
「はい。加えて、武功を上げれば、より大きな分け前と、より高い地位が得られます。出自を問わぬ、この実力本位のやり方が、行き場を失った脱走者や、食い詰めた者たちを、絶えず引き寄せているものと、調査部は見ております」
「なるほどな……力のある者ほど、報われる。それは、確かに、人を集めよう」
「さらに、部隊の編成も、あえて出身部族を混ぜ合わせているとのこと。個々の部族への忠誠より、ガルダス個人への忠誠を優先させるための、仕組みかと」
「用意周到なことよ。して、戦の仕方は、どうなのだ」
「彼らは、騎馬による機動力を、最大の武器としております。身軽な奇襲と、即座の撤退を得意とし、正面からの攻城戦や、籠城戦は、不得手な様子にございます」
「では、都市部は、狙われにくい、ということか」
「その通りかと。むしろ、通商路や、警備の手薄な小さな集落こそが、狙われやすいと、考えられます」
王妃は、静かに、報告書へと目を落とした。
「して——お前が、真に伝えたいのは、ここから、なのであろう」
宰相は、一瞬、口をつぐんだ。
「……お見通しにございますか」
「顔に、書いてある」
「畏れ入ります。彼らには、一つ、構造的な弱点があるようにございます」
「弱点、とな」
「はい。騎馬移動を基本とする以上、大量の戦利品を運ぶことは、常に、彼らの足枷になってきたはずにございます。財を、かさばらせずに持ち運ぶ手段を、彼らは持ちません」
王妃の表情が、わずかに、強張った。
「……マジックバッグ、か」
「御明察にございます。あの品は、彼らにとって、まさに垂涎の的となる代物かと。かさばる財を、いくらでも持ち運べるようになれば——彼らの弱点は、根本から覆ります」
「その存在が、あの者たちの耳に入れば……」
「南下・侵略の動機を、これまで以上に、強めかねません。先の会合にて、私が『普及には、慎重を期すべき』と申し上げましたのは、この懸念によるものにございます」
王妃は、しばし、目を閉じた。
「……分かった。肝に銘じよう」
「もう一点、御留意いただきたきことがございます」
「まだ、あるのか」
「連合内部の、留意すべき人物についてにございます。一人は、ガルダスと幼少より共に育ったとされる副官格の男。忠誠は本物と見られますが、近頃の急激な勢力拡大には、内心、疑問を抱いているとの噂も」
「内部に、綻びが、あるやもしれぬ、と」
「あくまで、噂の域を出ませぬが。もう一人は、滅ぼされた北ガラニア国の貴族であった者。生き延びるために降り、知略を担っているとされますが、その忠誠の程は、いまだ測りかねます」
「裏切るかもしれぬ男、か」
「はい。加えて、女性の斥候が、南ガラニア国、そして我が国への諜報を担っているとの情報も。引き続き、警戒を要するところにございます」
王妃は、報告書を、静かに閉じた。
「一枚岩ではない。だが、分け前という、単純にして強固な絆で、結ばれている……か」
「御意にございます」
「宰相よ。マジックバッグの扱いは、これまで以上に、慎重を期すこととする。そなたの懸念、しかと受け取った」
「ありがたきお言葉にございます」
宰相は、深く頭を垂れた。
王妃は、報告書を手にしたまま、しばらくの間、窓の外——北の空へと、視線を向けていた。
―――
その方針を受け、マジックバッグは、当面、貴族のみを対象に販売されることになった。
管理を任されたベルン伯爵のもとで、転売は固く禁じられ、あくまで自国領の産業振興のために用いる——そういう条件が定められた。
貴族たちは、我先にと購入を希望したが、生産量には、どうしても限りがある。結果、数量限定での販売という形に落ち着いた。
この一連の情報は、やがて、南ガラニア国にも伝わることとなった。当然のように、南ガラニア国の王からも、リーゼル王妃の判断を仰ぎたいという打診が寄せられる。
―――
その一方で、決して穏やかとは言えない情報も、続けて届いていた。
旧北ガラニア国の領内では、大規模な虐殺が起きているという。逃げ延びた者たちの一部は、北の強国を頼って難民となり、また、ある貴族は、船に乗って南のガラニア国へと逃れ、難民としての支援を求めているとのことだった。
北の空を見つめていた王妃の脳裏には、先ほどまでの報告と、この新たな知らせが、重なり合っていた。




