第134話 へへへ
喫茶店で、宮下と、いつものように雑談をしていた時のことだった。ふと、興味深い話が、耳に入った。
「そういえば、うちの学部の敷地、広いんだけどさ。奥の方に、ちょっと気味の悪い場所があってね。昔から、なんか出るって噂が、代々受け継がれてるんだよ」
宮下は、心底嫌そうな顔で、そう続けた。当然、近づきたくもない。それでも、単位に関わる実習で、どうしてもその近くまで行かなければならない場所があるらしい。
使われていない施設の中に入るわけではない。ただ、その恐怖心から、極力、近寄りたくないだけなのだという。
「俺、こう見えて、結構ビビりでさ」
宮下は、悪びれもせず、そう公言した。
拓也は、話を聞きながら、内心、興味を惹かれていた。——おそらく、幽霊の類だろう。異世界で使っていたレイス用の魔道具が、こちらの世界でも効果を発揮するのか、一度、試してみたいと思っていたところだった。
「宮下さん、それ、すごく興味あるんですけど。今度、連れていってもらえませんか」
「え、いいけど……一人で何度も行くのは、正直、怖いんだよね。二人なら、まだ……」
―――
拓也と宮下は、事前に、当日の段取りを打ち合わせた。
迎えた当日、大学の敷地へ向かう道すがら、宮下は、すでに、そわそわと落ち着かない様子を見せていた。
「本当に、大丈夫かな……昔、先輩が、あそこで変な声聞いたって……」
「大丈夫ですよ、たぶん」
「たぶんって……」
宮下は、そう言いながらも、拓也の一歩後ろに、ぴったりとついてくる。
目的の場所が近づくにつれ、宮下の口数は、目に見えて減っていった。
「あの……ここから、先だよね」
「はい。少し、周りを見てきますね」
「え、一人で行くの!? ちょ、待って——」
拓也は、宮下をその場に残し、施設の外周を、一人で調べ始めた。
しばらく歩くうち、微かな反応を、捉える。
その反応に向けて、軽くヘイトを飛ばしてみる。すると、反応は、ゆっくりと、こちらに近づいてきた。
——なるほど。
実体化しきれない、低級の動物霊の集合体らしい。日本では、こういう類のものだろう。
拓也は、マジックバッグから、レイス用の魔道具を取り出し、力を流し込む。
淡い光と共に、その気配は、まるで霧のように、静かに分解し、消えていった。
——効果は、ちゃんとある。
拓也は、内心、ほっと胸を撫で下ろした。
宮下の元へ戻ると、声をかける。
「大丈夫そうですよ。問題ありません」
宮下は、まだ青い顔のまま、小刻みに震えていた。
「もし、また変な噂が立つようなら、もう一度、確認しに来ますね」
「……拓也くん、もしかして、そういうの、見える人なの?」
「えー、まあ、そんな感じです。だから、もう、いないことは確認できました」
「どうやったら、いなくなるんだ?」
「お願いして、消えてもらいました。へへへ」
拓也が、そう笑って誤魔化すと、宮下は、「へー」と、力なく呟いた。その顔には、明らかに、嘘だろう、という色が浮かんでいた。
―――
翌日、拓也は、神崎に、レイス用魔道具の効果について、報告を入れた。
「そんなものが、あるのか」
「はい。これは、僕の考えですけど……異世界は、魔力を持つ者が多いので、日本より、レイスが実体化しやすいんだと思います。動物霊も含めて、数自体も、多いんじゃないかと」
「そう言われれば、そうかもしれんな。どういう仕組みなんだ」
「レイスに効果的な浄化術式と、残存する霊体と、空気中の何かとの結びつきを分解する術式が、組み合わさっているんです。よく、空気中の塵を核にして、雪の結晶ができるじゃないですか。あんな感じで、具現化していく。それを、分解するイメージです」
「ほう……若干、科学的だな」
「はい。日本では、実体化しきれない、弱いレイスばかりだから、余計に、恐怖の対象になりやすいんだと思います。異世界みたいに、見えるのが当たり前なら、気持ちの持ちようも、また違ったんでしょうけど」
「それじゃあ、見えない時は、どう対処するんだ」
「何となく、『いる』って感じることって、ありませんか。あの感覚に向けて、力を流すんです。あとは、広範囲用の魔道具も存在します。今回は、ヘイトを集めて、まとめて退治しました」




