第130話 点と点
大統領は、静かに、算盤を弾いていた。
百本の戦略物資に、約一億円の投資——それでも、決して高い買い物だとは思わなかった。これで、百人の命が救われるのだ。
大統領は、有力な支持者たちへ、回復薬を、一本一本、自らの手で手渡し始めていた。
同じ頃、アメリカ側では、中野拓也についての、第二次調査報告がまとめられていた。
異世界書籍の検証結果——原文には、地球の文字に該当するものが、一切見当たらない。魔石と呼ばれるエネルギー物資の存在、電力供給に関する社会実験の実施。そして、いつの間にか消えた「グレーカレコ商事」という店の痕跡、緒方商店、失踪者・緒方勤という人物。中野拓也の、金の売買記録——。
報告書には、そうした断片的な事実が、淡々と並べられていた。まだ、点と点が繋がりきらないながらも、着実に核心へ近づきつつある——そんな不気味な気配だけは、確かに漂っていた。
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完成した異世界の本が、いよいよ発売された。
深町先生の名前を前面に押し出し、まるで書き下ろしの新作小説であるかのような装丁で、書店の棚に並んでいる。先生のファンにとっては、それだけで、手に取る十分な理由になった。
姉——静香も、そんな一人だった。
退院してからというもの、姉は、部屋にこもりがちだった。それでも、スキャンされた翻訳済みの原稿だけは、毎日、飽きることなく読み込んでいた。
やがて、深町先生が家にやってくると知った日から、姉は、少しずつ、部屋の外に出るようになった。顔を合わせるうち、自然と言葉を交わすようになり、今では、本の整理と読書が、姉の日課になっている。
その変化を、拓也は、誰よりも近くで見守っていた。何も言わず、そっと見守ることしかできなかったが、それでも、確かな救いのように感じられた。
本の売れ行きは、好調そのものだった。第二弾——「冒険者と五つの基本魔法」の刊行は、まだ先の話になりそうだが、期待は、日に日に高まっていた。
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国内では、魔石カートリッジ式の実験車両が、人目を避けるように、密かに走行を続けていた。
雨、雪、氷点下——あらゆる環境下での走行実験を繰り返し、魔石に異常が生じないか、細かく点検が行われている。
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大型非常用電源についても、動きがあった。
離島や、関東近郊の、人口三万人未満の地域から三か所が選ばれ、実証実験が開始された。結果の検証は、これからだった。
一方、小山市の近郊には、日本初となる、魔石リサイクル専門の工場が誕生していた。
こうして、魔石という資源は、着実に、日本の産業の一部として、その根を張り始めていた。
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資源関連では、もう一つ、大きな進展があった。
魔鋼をベースに、クラニウムをコーティングした切削加工——航空機フレームにも対応する、エテリム合金の加工技術が、ついに完成したのだ。加工の手順そのものが大幅に簡素化され、結果として、六割もの時短が可能になったという。
※魔鋼——魔力を通しやすい性質を持つ、冒険者御用達の金属。
この技術は、航空機はもちろん、軽さを重視する高級車にも応用が見込まれている。原材料自体の価格が比較的安いこともあり、一般車への展開も、検討の俎上に載り始めていた。
魔石カートリッジ式の実験車両を手がけるメーカーでは、早くも、レース用フレームの一部にこの合金を採用し、実験車両と並行して、試験走行を進めているところだった。
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そんな中、アメリカのメディアが、「異世界帰りの少年」なる存在を、バラエティー番組で取り上げた。
扱いは、あくまで、フェイク情報めいた笑い話としてのものだった。だが、その放送を受けて、米政府は、官邸へ即座に連絡を入れてきた。政府が関与した情報ではないと、完全に否定する内容だった。
「……よりによって、この大事な時に」
大統領は、珍しく、激しい怒りを露わにしていた。
もっとも、その数日前には、明るい話題もあった。政権の側近の一人が、夫の介護のために離職を予定していたが、夫の容態が全快し、職場復帰が叶ったのだ。夫婦は、揃って、大統領の強力な支持者として、政権を支える立場に戻ってきていた。




