第127話 後ろ盾
オーレス侯爵は、王妃への面会を願い出た。
目の前に置かれた、手作りの皮の鞄。王妃は、それを一瞥し、片眉を上げた。
「これは、何のつもりだ。庶民の品を、身につけろと言うわけか」
「いえ——これは、最近作られた、マジックバッグです」
「何、マジックバッグ! 最近、作られたとは……どういうことじゃ」
「はい。作らせました」
「日本国の品か」
「いえ、違います。勇者たちの知恵です」
「なんと……それは……」
王妃は、しばし、思案するように黙り込んだ。
「して——何を、望む」
「はい。王妃様と、ベルン伯爵とで、協議を持っていただきたく。王妃様から、お声かけをお願いできればと」
「目的は」
「日本国は、恐らく、錬金術公社からの薬の提供を望むかと思われます。そこで、今のうちに、筋道をつけておきたいのです」
「分かった。伝えておこう。……我が母方、五大魔導公爵家の力は、必要か?」
「はい。メイフィールド伯爵様は、魔法陣の大家。必ずや、お力添えをいただくことになるかと。その折には、よろしくお願いいたします」
数日後、ベルン伯爵との会談が持たれた。
条件は、製法の隠匿と、製品にかかる金額の一割を、国と侯爵に納めること。薬の安定供給と、多少の値引きという形で、話はまとまった。
ベルン伯爵が値引きに応じたことなど、これまで一度もなかった——それでも今回、応じたということは、伯爵にとっても、損のない契約だったのだろう。
ーーー
緒方は、シルヴィアに、この大事な技術を明かすことに、抵抗はないかと尋ねた。
「私の故郷では、ありふれた技能だもの。隠したところで、ろくな未来なんて、想像できないし」
シルヴィアは、あっさりと、そう答えた。
日本で当たり前に行われている、特許使用料の仕組みに倣い、シルヴィア本人を表に出さず、侯爵を窓口として、そこから配当を受け取る形が取られることになった。
その報告は、早速、拓也の元にも送られた。
―――
小山に、緒方から、マジックバッグが送られてきた。
見た目は、ただの革の鞄だった。持った重さも、鞄そのものの重さと変わらない。だが、その中からは、大量の商材が、次々と出てくる。
その光景を目の当たりにした職員は、驚きのあまり、しばし固まっていた。
いつものように、神崎に報告が上がり、神崎は、さらに上へと報告を上げる。
翌日、拓也は、マジックバッグを持参した。鷲尾は、現物を確認したのち、関係部署を交えた協議に入る。
「あれは……業界が、壊れるぞ」
「違法なものの持ち込みの可能性は」
「人は、入るのか」
次々と、議題に上がっていく。
基本的な仕組みとして、生き物は入らないようになっている。生体反応を感知し、それがある場合は、内部に取り込めない。ただし、虫や微生物は反応しないため、中に入り込むこと自体は可能だが、内部の特殊な空間の影響で、原因不明のまま死滅するという。
―――
マジックバッグを巡って、官邸が騒がしくなっていた、ちょうどそんな時——アメリカから、連絡が入った。
「薬を、売ってくれ。売れるだけ、全部」
「こちらとしても、困窮している状態です。供給を待っているところで……あれが、我が国で作れるものなら、国民への供給を優先したいところですが」
「茶番は、よしてくれ。国家間の交渉に、切ってきたカードだろう」
見抜かれることは、最初から織り込み済みだった。鷲尾は、動じる素振りも見せず、あらかじめ用意していた言葉を、静かに返す。
「数少ない、貴重なものですから。苦肉の策です」
しらを切り通す。分かった上での、駆け引きだった。
電話の向こうで、大統領は、小さく笑ったようだった。食えない男だ、と思いながらも、その食えなさを、まんざら悪くは思っていない様子だった。
「分かった。そういうことにしておこう。差し渡し、百本は確保できないか」
押し引きの落としどころとしては、悪くない——鷲尾は、内心、そう判断した。
「少々、お待ちください。用意ができ次第、大使館に連絡いたします」
「ところで——異世界とは、本当にあるのか」
不意打ちのような問いに、鷲尾の背筋が、一瞬、冷えた。核心まで、あと一歩のところに、踏み込まれている。
「……素晴らしい耳を、お持ちですね」
——どこから、漏れた。頭の中で、素早く可能性を洗い出しながらも、鷲尾は、表向きだけは、余裕の笑みを崩さなかった。




