第126話 機を窺う
拉致から救出までの一連の経緯を、拓也は神崎に報告した。淡々と言葉を並べながらも、あの夜の記憶は、まだ胸の奥にわだかまっている。それでも、この件はこれで一区切りがつくはずだった。
だが、三階で確保した、指揮を執っていたとみられる男だけが、頑なに口を閉ざしたままだった。何を聞いても、目線一つ動かさない。
神崎からの報告を受けた政府内では、自白を強制的に引き出せるシステムに、俄然、色めき立つような関心が向けられていた。防衛省・警察庁、そして法務省を交えた検討が始まったものの、肝心の男の沈黙だけは、いつまでも崩れない。
そこで、拓也の元に、一つの依頼が舞い込んだ。
自白を強要する魔道具を、使ってほしいという内容だった。緒方から送られてきたそれは、本人に向けて使用するだけの、拍子抜けするほど簡素な仕組みだ。ただし、広く知られた魔道具である分、対抗手段も存在する。事前に「自白の魔法が効かなくなる魔法」をかけられていれば、あっさり無効化されてしまうという弱点もあった。
もっとも、今回に限っては、その心配はなさそうだ。事前の見立てでは、信頼度は十分に高いと踏まれていた。
拓也は、取調室に足を踏み入れ、首謀者の前まで歩み寄る。男は、拓也の顔を認めた瞬間、わずかに肩を強張らせた。
「目的は、何だ」
男は、無言のまま、こちらを睨め返してくる。その目には、まだ、確かな抵抗の色が残っていた。
拓也は、懐から魔道具を取り出し、静かに魔力を流し込んだ。男の輪郭が、一瞬、淡く発光する。光が落ち着いた頃には、さっきまでの強張った目が、どこか虚ろなものに変わっていた。
「国は」
「某国」
「誰の命令だ」
「国の……所属本部長から」
「目的は」
「身内を拉致して、中野拓也の持っている秘密を、知ること」
「現在、どこまで知っている」
「新鋼材の確認と……効果の一部」
「後は」
「知らない」
「どこで、そのことを知った」
「内部協力者から」
「それは誰だ」
「内閣の……閣僚の部下、と聞いている」
「具体的には」
「知らない」
「どんな手口で、スパイを作る」
「弱みのある議員を探す。欲しいものを与える。脅す。欲しいものを、与える……」
その後の質問は、「知らない」の一点張りに終わり、そこで打ち切られた。
会話はすべて、某国語のまま録画され、資料として記録されていく。
取り調べ官は、その一部始終に、言葉を失っていた。あれほど頑なだった男が、まるで別人のように、すらすらと供述していく——現実離れした光景を前に、ただ息を呑んで見守るしかなかった。
官邸で、その録画を見終えた鷲尾と側近たちの間には、しばし、重い沈黙が下りた。
「法的整備が、必要だな」
「よからぬ議員に、これを使用したら……大変なことになりますね」
その一言を最後に、誰も、次の言葉を継げずにいた。
―――
警備に慣れない両親は、近所付き合いにまで気を配るようになり、日ごと、肩身の狭い思いを重ねていた。表には出さないが、疲れは、確実に溜まっているようだった。
ある休日、拓也は実家に帰り、両親と向き合って、話し合いの場を持った。
姉——静香は、体調こそ万全だったが、まだ病院で保護されており、この家にはいない。その空いた食卓を前に、拓也は、思い切って切り出した。小山の住宅に引っ越して、自分の仕事を手伝ってくれないか、と。
父は、すぐには答えを出せず、しばらく黙り込んでいた。それでも、前向きに検討すると、静かに返してくる。
数日後、返事が届いた。
「よろしく頼む。静香も、同意している」
短い言葉の向こうに、両親なりの覚悟が滲んでいるのが分かった。これで、家族のセキュリティについては、ひとまず胸をなで下ろせそうだった。
―――
数日をかけて、パーティー全員分と、お土産分のマジックバッグが、ようやく仕上がった。一行は、達成感を胸に、王都へと帰還する。
緒方は、成果を報告し、お土産として一つを受け取った。今後の価格については、オーレス侯爵と相談する、という話になる。
緒方が侯爵の元を訪ね、勇者パーティーの帰還と、マジックバッグの完成を伝えると——その一報を聞いた瞬間、侯爵は、本日の予定をすべて放り出した。
「今すぐ、ここへ」
現物を持参すると、侯爵は、食い入るように、細部まで丹念に観察した。
「これは、どのくらい入る」
「約二メートル四方になります。試しに、何か入れてみては?」
結果は、予想を上回るものだった。侯爵は、隠しきれない笑みを浮かべ、殊の外気に入った様子で、王妃にも報告を入れることに決める。
―――
侯爵には、一つの計算があった。
貴族の中でも、誰とも深く関わろうとしない、ベルン伯爵——錬金術師統括であり、国家錬金術公社の代表でもある人物との交流だ。
王妃を交え、薬の話を持ちかけたい——侯爵は、そう考えていた。
緒方から、回復薬の需要が今後高まる可能性があると聞かされていた侯爵は、ただの交渉では、あの伯爵の心はさほど動かない人物だということを、十分に承知している。
だが、このマジックバッグをきっかけに話を進めれば、良い結果に繋がるかもしれない。
今か、それとも、もう少し後か——侯爵は、静かに、機を窺っていた。




