第125話 奪還
数日後、藪田さんから、連絡が入った。
「姉さんが、誘拐された」
その一言に、頭の中が、一瞬、真っ白になった。
会社の登記簿に名前を連ねる役員には、それぞれ警備がついている。だが、実家の警備は、比較的手薄だった。そこを、突かれた形だった。
俺は、手元にあった魔力回復薬を飲み、意識を集中させた。
何故か分からない。それでも、そうしろと、斥候のスキルが、導いてくるような感覚があった。俺は、周囲一帯に、意識を飛ばした。
——いた。
魔物に近い、嫌な反応が、一つ。
気づかれないよう、そこまで距離を詰める。相手は、三人だった。死なない程度に、手早く気絶させる。
ワンボックスワゴンの中で、三人全員を裸にし、手足を拘束、口には自害防止の木の棒を噛ませた。体には、怪しいものは何も隠していなかった。だが、服の中からは、某国語で書かれた指示書と、各種の武器が、次々と出てきた。
俺は、王国で教わった、効率的な自白の方法を実施することにした。
一人を仰向けに寝かせる。本来なら、専用の魔法インクを使うところだが、今は手元にない。代わりに、火魔法で、男の背中に、自白の魔法陣を描いた。魔力を流し込むと、陣が、淡く光った。
その男に、ヒールをかけて、目を覚まさせる。
「姉は、どこだ」
「……小山市内に、監禁している」
「施設には、何人いる」
「下に、五人。上に、八人」
「怪我は、しているか」
「連行に抵抗して……擦り傷が、少々」
「正確な場所は」
「小山市……のビルだ」
俺は、その後、藪田さんに応援を頼んだ。
ワンボックスワゴンの中を覗き込んだ、応援の自衛官が、呟いた。
「……えらいことに、なってるな」
俺は、藪田さんと共に、現場へと向かった。
現場の近くで車を降り、そこからは、隠密行動に切り替える。近くのビルから侵入し、目的のビルへと入り込んだ。
五階は、無人。四階も、無人。三階には、一人いた。無音のまま気絶させ、拘束する。
二階に、姉がいた。
服を脱がされ、裸のまま、ベッドに寝かされている。息はある——生きている。それだけが、辛うじての救いだった。
頭の中で、何かが、音を立てて弾けた。
七人の男たちは、部屋の隅で、思い思いに時間を潰していた。誰一人、この期に及んで、目の前で何が起ころうとしているかに、気づいていない。
——殺す。
そう思った瞬間、自分でも驚くほど冷たい怒りが、腹の底から込み上げてきた。
異世界で、魔物を斬ることに、もう躊躇いはなかった。命を刈り取る感覚は、とうの昔に、体の一部として馴染んでしまっている。今この手を振るえば、目の前の七人など、魔物と同じように、あっけなく沈黙させられる——それが、分かってしまうことが、何より恐ろしかった。
だが、これは、魔物じゃない。人間だ。
その一線だけは、越えてはならない——かろうじて残っていた理性が、そう囁いていた。怒りに任せて振るえば、簡単に、後戻りできない一線を越えてしまう。分かっているのに、腹の底の怒りは、少しも収まらなかった。
俺は、無言のまま、最も近くにいた男の顔面に、拳を叩き込んだ。骨の軋む感触が、拳に伝わる。一撃で、崩れ落ちた。
続けて、二人目、三人目——止まらなかった。声を上げる暇すら、与えなかった。
七人が、次々と、その場に崩れ落ちていく。最後の一人を殴り倒しても、息一つ、乱れていなかった。それが、かえって、自分でも薄気味悪かった。怒りのせいか、抑え込んでいた恐怖のせいか——行き場を失った感情だけが、体の中で、いつまでも燻り続けていた。
一人一人、きつく縛り上げてから、下の階へ向かう。
人の倒れる音に、姉が、こちらを振り向いた。それでも、俺は、そのまま下へと移動した。
下の階には、五人。スマートフォンを見たり、本を読んだりして、くつろいでいる様子だった。問答無用で、殴り倒していく。
全員を拘束し終えて、二階へと戻る。
姉は、震える手で服を身につけながら、小さく震えていた。
「姉ちゃん、終わったから」
そう声をかけると、姉は、泣きながら、俺にすがりついてきた。
下から、藪田さんの声が響く。
「片付いたか?」
その声に、姉が反応し、俺から、そっと離れた。パトカーと、救急車のサイレンが、近づいてくる。
姉は、そのまま入院することになった。家族は、正式に、保護対象となった。




