第117話 足りない何か
オーレス侯爵は、しばらく思案していた。
各都市の執務室を、直接繋いでしまうのは、時期尚早だろう。信頼できる者ならまだしも、スマートフォンは、ごく限られた人数に持たせ、繋がる範囲を絞っておくのが賢明だ。
あとは——リーゼル王妃に、どこまで開示するか。
数日後、侯爵は、王妃と王配に、面会を申し入れた。
「オーレス侯爵、定期の会合以外での面会とは、珍しいな。此度は、何用だ」
「王妃様に、ぜひお見せしたいものがございます。そのものは、移動が困難でして——内相の執務室まで、お越しいただけますでしょうか」
王妃と王配は、お付きの者を伴い、移動した。
侯爵は、二人を別室へと招き入れた。
「なんじゃ、これは!」
「国内を表すものでございます。内相として、国内をより深く知るため、日本国から知見を取り入れました」
「うむ……しかし、何とも」
「王妃様。これは、幾人も知るべきものではございません」
「いかにも。此度、王国で初めて公開いたしましたのは、王妃様と王配様が、お二人目でございます」
「二人目、とな」
「はい。ぜひ、執務室の別室に設置し、国内をご観察くださいませ」
「うむ」
「それと、これを、こういたしますと——別の絵になります。こちらは、東の都市の町の絵になります」
「なんと……人が、動いておるぞ」
「今現在の様子が、王都から分かる仕組みでございます」
「内相、これは良い。下々の様子が、ここにいながら見られるとは。のう、王妃」
「日本国は、何か要求してきたか」
「王妃様、何も変わっておりません。これまでの取引と、変わりございません。外に出す鋼材が、多少増えることはあるかと思いますが、特に生産を増やせといった要求も、ございません。勇者たちの安全以外の要求は、今のところなく、もしあった際には、その都度、対応いたします」
「そうか、分かった」
「なお、この扱いについては、娘のエレーナが、お教えに参りますので、ご安心ください」
「分かった」
―――
王国側でのやり取りをよそに、地球側では、回復薬の実用化に向けた作業が進んでいた。
拓也は、緒方に頼み、材料を集めて転送してもらい、それを開発担当者に送った。
まずは、成分の分析から始め、続いて、実際にレシピ通りに作ってみる作業に取りかかった。最初は、下級回復薬からだった。
治癒草(ヒール草)三束、普通の水コップ一杯、塩ひとつまみ——あまりに簡素な配分に、開発担当者は、一瞬、馬鹿にされているのかと勘違いしたほどだった。
作り方も、拍子抜けするほど簡単だった。
まず、治癒草をナイフで細かく刻む(すり潰しても構わない)。次に、鍋に水と刻んだ薬草を入れ、お茶を淹れるように火にかける。水が、だんだん薄い緑色に変わってくるまで、数分煮る。火を止め、薬草のカスを取り除く(布でこすと綺麗になる)。最後に、塩をひとつまみ入れて混ぜれば、完成だった。
味は、苦くて塩気のある草の汁——お世辞にも、美味しいとは言えなかった。
一度読んだだけで頭に入ってしまう、あまりにあっけないレシピに、開発担当者は、思わず「嘘だろう」と呟いた。
続いて、中級回復薬。
治癒草五束、マナ草二束、ワイバーンの血三滴、きれいな水コップ一杯——ワイバーンの血という、少し引いてしまう材料が混ざっていた。
こちらも、作り方自体は簡単だった。
治癒草とマナ草を、すり鉢でドロドロのペースト状になるまで、よくすり潰す。次に、鍋にきれいな水と、潰した薬草を入れ、弱火でじっくり煮込む。全体が、鮮やかな緑色の液体になったら、火を止める。仕上げに、ワイバーンの血を三滴垂らし、素早くかき混ぜる。
液体が、ピカッと一瞬光り、綺麗なエメラルドグリーンに変わったら、完成——のはずだった。
——ピカッ? 嘘だろう。
開発担当者は、思わず、二度見した。
なお、ちぎれた腕を生やすような、欠損部位の再生はできない。それは、当然だろう。生えてきたら、それはそれで、気味が悪い。
だが、最後の最後で、問題が起きた。
下級も、中級も、効果が不十分で、思うような結果が出なかった。特に、中級については、光る兆候すら、まったく見られない。灯りを落として実験しても、駄目だった。
成分分析上は、同じはずなのに、効果が伴わない。理由が、分からなかった。
現状の成果は、下級で、高級栄養ドリンクをわずかに上回る程度。中級に至っては、下級よりも効果が低いという、逆転現象すら起きていた。
「……何かが、足りない」
開発担当者は、資料を前に、そう呟くしかなかった。




