第116話 見える王国
四か月に及んだ、道を繋ぐ通信網の敷設作業が、ついに終わりを告げようとしていた。
電波の届きにくい難所には、教会が管理を偽装した、簡素な塔が建てられている。町から町へ移動する道中、旅人が祈りを捧げられる、シンボル的な建造物だった。
電源の確保には、魔石が使われている。充填された魔力が、塔の頂に灯をともし、その灯の下で祈りを捧げる——充填と信仰を兼ね備えた仕組みだった。看板には、「旅の安全をお祈りしましょう」と記されている。
こうした施設は、数か所に点在しており、点検のため、月に一度、町の警備兵による見回りが命じられていた。これで、街道筋の整備は、完成した。
それでも、小国とはいえ、土地は広大だ。手の回らない空白地帯も、まだ残っている。そうした場所には、電波が届くぎりぎりの位置に、臨時のWi-Fiルーターを設置し、ドローンを飛ばして地図データを読み込ませる作業が、地道に続けられてきた。
そして、ついに、最後の地点で、作業は完了した。
緒方は、勇者たちと共に、オーレス侯爵の元へと向かった。
「勇者たちよ、ご苦労であった。しばらく休息を取り、英気を養ってくれ」
「これが、現在のグレーカレコ王国の地図になります」
別室に用意された専用のPCの前で、侯爵は、モニターの映像に見入った。
「おお……何と精密な。木々の緑、荒地の砂に石、川、湖、村に町——素晴らしい出来栄えだ」
「ただ、問題もございます。数か所は、古い映像のままです。何分、原野でして、塔の管理が行き届いておりません」
「それに関しては、了解している」
「それと、こちらを」
「これは……絵が、動いているな?」
「こちらは、王都内の、今の映像です」
「なんと、外の様子が、これで分かるのか」
「画面を切り替えます。エレーナ、聞こえるか。カメラの前に来てくれ」
数秒後、エレーナが姿を現した。こちらにはカメラがないため、映ることはできないが。
「私の隣に、侯爵様がいらっしゃる。話しかけてくれ」
「お父様、エレーナです。元気に暮らしております。近いうちに、伺います」
「おお、エレーナ……これは、なんと……」
「エレーナ、ありがとう。戻ってくれ」
「これは……凄い。こんなことも、できるのか」
「はい。それと、こちらは、元辺境伯の城壁から見た、町中の映像です」
「そんな遠くの様子まで、分かるのか……でかした! これは、使えるな」
「先ほどのエレーナのように、各都市の執務室と繋げば、近くで話をすることもできます」
侯爵は、しばらく沈黙した後、静かに口を開いた。
「少し、考えさせてくれ。後日、改めて、この場で話そう」
そして、緒方に向き直る。
「緒方よ。先日、娘が、人を増やしたいと相談してきた際に——お前と結婚できて幸せだと、この縁を結んだ儂に、感謝していたぞ。娘を、大切にしてくれていることに——儂からも、礼を言う」
―――
拓也には、ずっと引っかかっていることがあった。
以前、実行部隊と対峙した際、巻き込まれた小学生が怪我をした。あの時、自分の力で出血を止めるので精一杯で、非力さを痛感させられた。
もう少し、効果のあるものがあれば——そう思い返すたび、脳裏をよぎるのは、グレーカレコ王国にあった、ポーションの存在だった。中級のものでも、かなりの傷を治せる代物だったはずだ。
もっとも、向こうでは、皆川が、どんな重傷でもたちどころに治してしまうため、ポーションへの関心は、さほど高くなかった。だが、小山では、事情が違う。
拓也は、緒方に連絡を入れ、改めて情報を確認した。
魔力草——マナ・ハーブは、脳を完全に覚醒させ、集中力を十時間持続させる効能を持つ。ただ、日本では、そこまでの効果は出ていなかった。環境の違いか、鮮度の問題かは判然としないが、原価を考えれば、五時間の集中持続でも、十分な効能だった。
―――
今回は、以前、魔力草の分析とドリンク剤の製造を手がけた会社から、開発担当者を招き、改めて説明の場を設けた。
名刺交換を済ませ、早速、本題に入る。
なぜ、このタイミングでの話なのか——その理由から、拓也は説明を始めた。下級回復薬(かすり傷や打撲、軽い風邪程度ならすぐに治る)と、中級回復薬(深い外傷や内臓のダメージにも効く)について、順を追って語っていく。
開発担当者の顔が、みるみる青ざめていく。
「大丈夫ですか。簡単なヒールでも、使いますか」
「あ、結構です。元気です。ただ、あまりに衝撃的な内容だったもので……」
「物は試しです。実験してみれば、分かるかと思います。軽い症状の方、少し重い方を、ご紹介いただけますか」
担当者は、しばらく沈黙した後、口を開いた。
「それでしたら、当社の関連病院で、担当者の許可が下り次第、ご紹介できるかと思います」
こうして、後日、その病院を訪れることになった。
「こちらは、交通事故で両足と胸部を骨折し、入院して三日になります。それと、左腕に軽い打撲、頭部にも傷があり縫合しています。隣の部屋は、腎臓疾患で、入院して三か月になります」
担当医の説明を受け、それぞれに中級回復薬を渡し、こう伝えた。
「半日くらいで、反応がはっきり分かると思います」
「現在、七時過ぎですから……夜になりますね」
担当医が、そう答える。
「こちらの部屋には、軽度の熱と咳の症状の方。インフルエンザではありません。隣の部屋は、二日前に打撲で足を痛めた方です」
それぞれに下級回復薬を渡し、飲んでもらう。少し苦く、わずかに塩味もする味だった。飲み終えると、十分から二十分ほどで変化が現れると伝え、拓也と開発担当者は、院内の喫茶室で、お茶を飲みながら世間話をして過ごした。
しばらくして、アナウンスが流れ、開発担当者の名前が呼ばれた。急いで、担当医の元へ向かう。
「信じられません。お二人とも、症状が消えていました。何ですか、あれは。新薬ですか?」
「それは良かったです。データを、会社に送っていただけますか」
「何だか……中級回復薬の方も、期待したくなりますね。名前も、異世界っぽくて、面白いです」
担当の女医が、そう言って笑った。
夜になって、連絡が入った。
「夜分、すみません。完治しました。それだけ、お伝えしたくて……」
開発担当者からの、報告だった。




