第11話 諦めの悪い男
藪田の電話が鳴ったのは、午後の遅い時間だった。
「藪田、ちょっといいか。例の件で、外から探りが入ってるみたいだぞ」
本庁の同期からだった。声には、いつもより硬さがある。
「探り?」
「鑑識の方に、取材っぽい問い合わせがあったらしくてな。フリーのライターとかカメラマンとか、そういう肩書きの奴が。具体的な内容までは漏れてないと思うけど……念のため、伝えとこうと思って」
藪田は受話器を握り直した。捜査中の案件に外部の人間が首を突っ込んでくるのは、珍しいことではない。たいていは、世間話程度の野次馬根性で終わる。だが、今回の件は、世間に出せば確実に騒ぎになる種類のものだった。子供たちの失踪、見つかった所持品の中の説明のつかない金属、そして、誰も名乗らずに訪れたあの男のこと。どれ一つでも表に出れば、収まりがつかなくなる。
「名前、分かるか」
「ちょっと待ってくれ……名刺は受け取ってないみたいだけど、雑誌の名前は聞いたらしい。週刊『○○』、知ってるか」
その名前には、聞き覚えがあった。スキャンダル専門で、根拠の薄い記事を平気で載せる、業界内でも評判の悪い媒体だった。何年か前、別の事件で世話になった記者の一人が、あそこに移ったという話を、確か聞いたことがある。
「分かった。助かる」
電話を切った後、藪田はしばらく動かずにいた。捜査が進まないこと自体は、これまでも織り込み済みだった。だが、外側から好き勝手に火を点けられるのは、まったく別の問題だった。火が点いた先で誰が一番先に焼かれるのか、それを考えると、気が重くなる。
行方不明だった子供たちの家族の中には、すでに苛立ちを募らせている者もいる。そこに、いい加減な見出しの記事が一本紛れ込んだだけで、今の均衡は簡単に崩れるだろう。
藪田は引き出しから、これまでの報告書のコピーを取り出し、もう一度目を通した。具体的な裏付けは何もない。だが、あの記者がどこまで掴んでいるのか、それを知らないまま、次の手は打てなかった。
―――
その日の夕方、拓也は寮への帰り道で、見知らぬ男に呼び止められた。
「中野拓也くん、だよね。ちょっと話、聞かせてくれない?」
軽い口調だった。スーツではなく、よれたジャケットを着た、四十前後の男だった。名乗らないまま、勝手にカメラを肩から提げている。シャッター音は鳴らなかったが、構え方だけで、いつでも撮れる態勢なのが分かった。
——あ、これが噂の。
拓也は内心で、妙に冷静にそう思った。記者、というやつだろう。賢者の母親が言っていた「週刊誌の人」と、たぶん同じ部類の人間だ。
「半年も行方不明だったのに、剣道部で学年トップになったって本当? 何か特別なことでもあったわけ?」
言葉の選び方が、やけに軽い。深刻な話を、世間話のように扱おうとしているのが分かった。
「……特に何も。覚えていないので」
「覚えてない、ね。最近、学校に弁護士まで連れてきた人がいたって聞いたけど、そっちはどうなの。○○くんのお母さんも、○○ちゃんのお母さんも、納得してないみたいだけど」
名前——というより、その呼び方の出どころに、拓也は内心でわずかに身構えた。誰から聞いたのか、それとも適当に話を合わせているだけなのか、判断がつかない。だが、表には出さなかった。
「答える義理はないので」
短く返すと、男は怒るどころか、むしろ楽しそうに笑った。
「お、いいね。そういう態度の方が、こっちとしては燃えるんだけど」
ダンジョンで対峙してきた魔物の方が、よっぽど分かりやすい敵だった。気配を隠さず、まっすぐ向かってくる相手の方が、正直、対処は簡単だ。こういう、笑いながら探りを入れてくる人間の方が、厄介なのかもしれない。
「すみません、それしか言えません」
拓也はそう言って、男の横を抜けようとした。男は引き止めようとはせず、ただ軽く笑って、
「またそのうち、話聞かせてよ。こっちも、諦めが悪いタイプなんでね」
とだけ言って、その場を離れていった。去り際、軽くカメラを持ち上げる仕草だけして、結局シャッターは切らなかった。それすらも、何かの駆け引きのように見えた。
残された拓也は、しばらくその場に立ったまま、男が消えた方を見ていた。
賢者の母親と弁護士の時とは、また違う種類の圧だった。あちらは正面から、こちらは横から、すり抜けるように入り込んでくる。どちらにせよ、自分の「言えない」という一点は変わらないのに、相手の種類だけが、確実に増えていく。
まあ、今回もどうにか乗り切れた。そう思おうとする一方で、男の最後の一言が、妙に耳に残っていた。
——諦めが悪いタイプ、か。
厄介なことに、こういう人間は、得てして本当に諦めないものだ。それに、向こうはこちらの名前だけでなく、賢者や聖女の家のことまで知っている。情報がどこからどう繋がっているのか、考えるだけで気が滅入る話だった。
拓也は小さく息を吐いて、寮への道を歩き出した。




