第109話 三十を超えた娘
沢田は、鷲尾総理からの許可を得て、格納庫のある基地施設内へと足を踏み入れていた。取り巻きの議員たちを引き連れ、現場へ向かおうとしたところで、係の職員に呼び止められる。
「恐れ入りますが、これより先は、携帯電話、スマートフォン、カメラ、録音・録画が可能な機器の持ち込みは禁止となっております。職員の指示に従い、そちらのロッカーにお預けいただいてから、ご入場願います」
「こら、我々は国会議員だぞ」
取り巻きの一人が、声を荒らげる。
「総理も、同様にされております。規則ですので、指示にお従いください」
職員は、淡々とした口調を崩さなかった。列が進み、門の前まで来たところで、さらに声がかかる。
「そちらの秘書の方は、ご入場いただけません。右手の待機室で、お待ちください」
「一人くらい、いいだろう」
沢田が、不服そうに口を挟む。
「いえ、名簿にない方のご入場は、規則で認められておりません」
「ふん、堅物が」
沢田は、舌打ちを一つこぼしながらも、それ以上は食い下がらず、そのまま入場していった。
―――
数台の計測器を携え、緒方は改めて、オーレス侯爵の元を訪れていた。
「緒方、ご苦労だった。今日は、別件で、一つ頼みがある」
「お願い、ですか」
「うむ。実は、娘がな——少し、年を重ねている方が、一人おる。それを、もらってもらえないだろうか」
侯爵は、丁重な口調で、そう切り出した。
「出戻りではない。初婚だ。家のことも、一通りこなせる。……美人だぞ」
「そのようなお嬢様は、私如きには、もったいないのでは」
「しかしなあ……娘は、三十を超えておる。空いた時間は、ひたすら本を読んでばかりでな。本から、離れられんのだ。可愛くて、側に置いておくのも、若いうちは良かったが——まずいと思った時には、もう三十を超えておった」
この国の適齢期は、十五歳前後。二十歳を過ぎれば、すでに年増と見なされる世界だった。
緒方は、その話を聞きながら、これは断れない案件だと、静かに腹を括った。
―――
翌日、緒方は、改めてオーレス侯爵の元を訪れ、次女——エレーナと、顔を合わせた。
第一印象は、「若い」だった。
じっと見つめる緒方の視線に気づいたのか、エレーナが、小さく首を傾げた。
「……嫌な顔、なさらないのですね」
「想像していたよりも、お若く、お美しいお嬢様だったので」
ーーー
緒方と隼人、シルヴィアの関係は、すでに緒方の耳にも入っていた。だが、その緒方が結婚することになったと知らされた二人は、逆に、大きな衝撃を受けていた。
「え……緒方さん、結婚するんですか」
「侯爵様の、娘さんと……?」
隼人とシルヴィアは、しばらく、言葉もなく、呆然としたまま顔を見合わせていた。
―――
本好きだというエレーナの話を聞いた緒方は、拓也を通じて、結婚の報告と、隼人とシルヴィアの交際について、地球側にも伝えることにした。
その場に居合わせた神崎は、報告を受けて、対照的な反応を見せた。
緒方の結婚については、今後の円滑な交易に繋がるだろうと、好意的に受け止めた。だが、息子・隼人の交際については、普段は冷静な神崎が、しばらく、固まったまま動けずにいた。
後輩の佐伯が、その隣で、小さく耳打ちする。
「隼人くん、シルヴィアさんの耳、触れるんですか……羨ましい」
「……佐伯、お前、いつもそういうところだけ、反応早いな」
神崎は、ようやく我に返ったように、そう返した。
そこで、緒方が、改めて本題を切り出した。
「日本の本を、ジャンルを問わず、翻訳して、あちらで販売してみませんか」
冷え込んでいる出版業界にとっては、悪くない話に思えた。ただ、何をどう選ぶかという選定作業は、決して簡単ではなさそうだった。
「反対はしませんが……」
神崎は、そう前置きしながら、その場での即答は避け、持ち帰って検討することにした。




