第106話 にじり寄る影
沢田への回答は、倉持の指示のもと、慎重に練られたものだった。
「新しい合金の研究をしている、というのは事実です。ただ、現状はまだ研究段階でして——形になるのは、もう少し先になるかと」
経産省の官僚は、そう告げながら、資料の一部だけを、机の上に滑らせた。
そこに記されているのは、あくまで概要にとどまる、ひな形程度の情報だった。核心には、一切、触れられていない。
「なるほど、まだ先の話か」
沢田は、それ以上、深く追及することなく、頷いた。差し出された情報の少なさに、不満げな様子は見せなかった。
官僚は、内心、小さく息をついた。渡す情報の線引きは、これで、ひとまず守られた形になる。
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沢田を介した探りが、これ以上の成果を生まないと判断したのか、彼女は、早くも次の標的に目を向けていた。
狙いは——防衛省。
先だって完成が伝えられた、エテリムを使ったステルス機。その存在を、彼女は、すでに掴んでいた。
経産省の一件は、あくまで下準備に過ぎなかった。本命は、最初から、そこにあったのかもしれない。
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緒方は、改めて、オーレス侯爵の元を訪れていた。
「先日の廃材の件ですが……鉱山だけでなく、加工工房の分も、まとめてお願いできないでしょうか」
「工房の分も、か」
「はい。数か所ある工房から出る分も含めて、まとめて買い取らせていただければと」
オーレス侯爵は、しばし考えるように顎に手を当てた後、頷いた。
「構わん。まとめて処分できるなら、こちらとしても、手間が省ける」
こうして、鉱山だけでなく、複数の加工工房から出る廃材までもが、日本側へと渡ることになった。
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日本側では、届いた魔石の廃材を使い、地道な実験が続けられていた。
まずは、粉末状にしたものを、凝固させる方法から試された。うまくいかなければ、高温で溶かし、再び固める方法に切り替える。成功と失敗を繰り返しながら、少しずつ、扱い方の見当がつき始めていた。
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拓也たちの周辺には、もう簡単には近づけない。監視の目は、以前よりも、遥かに厳しくなっていた。
それでも、情報そのものは、別の経路から、断片的に入ってきていた。
本国は、その情報をまとめ、改めて、彼女へ指示を出した。
——防衛省の動きを、より詳しく探れ。
直接手を出すことができない今、情報戦だけは、静かに続いていた。
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桐生大吾の元で、新たな計画が動き出していた。
魔石を使った発電機の、本格的な開発である。
「大型のものは、まだ時間がかかります。ですが、小型の試作器なら、先に形にできるかと」
桐生の提案に、関係者からは、期待の声が上がった。
想定されている用途は、段階的だった。まずは、車載用——リチウム電池の代替。次に、病院や大型施設向けの非常用電源。そして、最終的には、発電施設そのものへの応用。
一方、異世界側でも、応用の構想が語られていた。
「グレーカレコ王国では今、TEGジェネレーターでメッシュWi-Fiルーターの電力を賄っていますが、年間を通して薪を燃やし続ける必要があります。あれを、小型の魔石発電装置に置き換えられないかと」
「魔力持ちが多い、あちらなら——充填には困らないだろうしな」
「はい。その点は、むしろ地球より扱いやすいかもしれません」
魔石という一つの資源が、地球と異世界、双方の未来を、少しずつ形作り始めていた。




