第105話 見えない翼
深夜、ホテルの一室。
薄暗い明かりの中、彼女は、沢田の胸元に頬を寄せながら、囁くように切り出した。
「ねえ、沢田先生……ちょっと、お願いがあるの」
「……何だ、こんな時に」
「経産省の方で、何か新しい資源の話が動いてるって、小耳に挟んだの。詳しいこと、知りたいなって」
沢田は、気だるげに、彼女の髪を撫でた。
「そんなこと、俺に聞かれてもな……」
「先生なら、調べられるでしょう? ちょっとだけ、探りを入れてくれるだけでいいの」
彼女の声は、甘く、それでいて、こちらの意志を試すような響きを含んでいた。
「……分かった。今度、様子を見てくる」
沢田は、深く考えないまま、そう答えていた。彼女は、満足げに微笑み、その表情の奥に何を隠しているかは、誰にも気づかれることはなかった。
―――
数日後、経済産業省の一室に、沢田をはじめとする数名の議員が姿を見せた。
「いや、視察と言うほどのことでもないんだが。最近、話題の新資源のことが気になってね」
沢田は、笑みを浮かべながら、担当者に切り出した。同行した議員たちも、興味深げに、室内を見回している。
応対に出た経産省の職員は、表向きは丁寧に対応しながらも、内心では、強い警戒を隠せずにいた。
——なぜ、今になって、この議員が。
用件は、あくまで世間話の延長のように装われていた。だが、その裏に、どこまでの意図が潜んでいるのか——それを見極める術は、まだ、誰の手にもなかった。
―――
緒方は、魔石の電気化技術が成功したという報告を、拓也を通じて伝えられていた。その流れの中で、ふと、一つの案が頭に浮かんだ。
「そういえば、こっちの魔石事業——結構な量の廃材が出てるんですよね」
「廃材?」
「魔石を加工する過程で、使い物にならない欠片が、大量に捨てられてるんです」
拓也が、それを室内へ伝えると、神崎たちの間に、小さなざわめきが起きた。
「その廃材、買い取れないか、話を持ちかけてみようと思います」
「当ては、あるのか」
「はい。魔鉱石の鉱山は、もともとオーレス侯爵様の既得権益ですから」
神崎が、資料から顔を上げた。
「魔鉱石の鉱山を、一手に握っている……向こうで言えば、中東の石油王のような立場、ということか」
「まあ、そんな感じですね。あちらでは、それだけの資源を持ってる人ですから」
神崎は、小さく息を吐いた。侯爵という肩書きの重さが、改めて実感を伴って伝わってきたようだった。
―――
後日、緒方は、オーレス侯爵の元を訪ねた。
「珍しいな、お前から、面会を求めてくるとは」
「実は、侯爵様の魔鉱石鉱山について、一つご相談がございまして」
「鉱山が、どうした」
「魔石を加工する際に出る廃材——使い物にならない欠片を、こちらで買い取らせていただけないかと」
オーレス侯爵は、片眉を上げた。
「あんな屑を、買い取るというのか。何に使う」
「詳細は申し上げられませんが、地球側で、砕いて別の用途に使えないか、検討している段階です。侯爵様にとっても、廃棄の手間が減り、多少なりとも利益になるかと」
「……つまり、ゴミの処分を肩代わりした上に、金まで払う、と」
「はい」
オーレス侯爵は、しばらく緒方を見据えたまま、黙っていた。
「面白い。悪い話ではないな」
「ありがとうございます」
「値は、こちらの言い値で構わないな?」
「もちろんです」
オーレス侯爵は、満足げに頷いた。廃材の買い取りという、これまで誰も見向きもしなかった話に、緒方は、また一つ、静かな足がかりを作った。
―――
「こちらとしては——安価に、魔石の欠片を大量に確保できる、ということか」
「はい。日本側で、それを砕いて、製品化できないか、検討してもらえればと」
緒方の提案は、その日のうちに、関係者へ共有されることになった。
―――
それから、しばらくが経った。
エテリム、クラニウム、金、ネオジム、そして赤い石——これまで少しずつ送られていたそれらの資源が、いよいよ本格的に、緒方の邸宅へと運び込まれるようになっていた。日に、数トン規模の量が、静かに転送されていく。
その成果の一つが、この時期、ようやく形になった。
これまで、構造上、ステルス化が難しいとされていた戦闘機。その機体に、エテリムを使った新素材が採用され、ついに、ステルス機として完成したのだ。
関係者の限られた場に、その機体が披露される。実物を目にした者たちの間に、静かな驚きが広がった。
表立って報じられることはなかったが、専門家やマニアの間では、いつしか、その存在が小さな話題として囁かれ始めていた。




