第104話 静かな一歩
緒方との定例の通話は、いつも通り、俺のPCの前で始まった。
「緒方さん、聞いてます? こっちで、魔石の電気変換実験、成功したらしいです」
「——本当か。あの、解析に困っていた魔石が」
「はい。家庭用のコンセントに、そのまま挿せるくらいの電気に変えられるようになったって。もし実用化されたら、こっちの電力事情、かなり変わるかもしれません」
緒方の声は、静かだったが、その向こうにある驚きは、十分に伝わってきた。
「それは——大きい話だな。電力の確保が、これほど早くなるとは、思ってもみなかった」
俺は、緒方の言葉を、そのまま部屋の担当者に伝えた。神崎が、資料に何かを書き込んでいるのが見えた。
「ただ——こっちにも、一つ問題がある」
緒方が、そう続けた。
「魔石への魔力の充填自体は、実はこの国でも産業として行われている。だが、充填する人間によって、精度にかなりのバラつきがあるんだ。一定量を、正確に充填できる人間の方が、圧倒的に少ない」
「精度にバラつき、ですか……」
「そうだ。だから——できれば、充填量を正確に測れる測定器が欲しい。そちらに、そういう技術があるなら」
俺は、緒方の要求を、そのまま室内に伝えた。
―――
測定器の話は、その日のうちに、桐生大吾の元へと持ち込まれた。
「エネルギーの計測器自体は、実験段階のものなら、すでにあります」
桐生は、そう答えたが、すぐに言葉を続けた。
「ただ、あくまで研究室レベルの試作品です。持ち運べる大きさでもなければ、商品として量産できる形でもありません」
「向こうで使うとなると、もっと小型で、頑丈なものが要る、ということか」
神崎の問いに、桐生は頷いた。
「その通りです。ただ、小型化・製品化の部分は、私の専門ではありません」
脇で話を聞いていた、経済産業省の担当者が、そこで口を挟んだ。
「製品については、経産省側で、すでに動いております。魔石を使った製品の製作権を公募し、すでに落札が決まっております」
落札した企業には、要望に応じて、桐生が確立した計測器の仕組みが提供されることになっており、これから実際の製作に取りかかる段取りだという。
「試作器の製作となりますが、試作ですので、時間はかからないと思われます」
「桐生さんは、あくまで原理の確立まで、というわけか」
「ええ。製品としての形にする部分は、また別の話になります」
異世界側で、正確な魔力の充填が可能になれば、魔石の安定供給にも、大きく道が開ける。まだ、試作の段階に過ぎなかったが、着実に一歩ずつ、話は進み始めていた。
―――
某国側にとって、今回の一件は、想定外の展開だった。
工作員の特定、記者の逮捕、そして——三名の実行部隊(軍人)が、日本の警察に拘束されたという事実。これまでに例のない規模の対応だった。
本来、某国は、自国民が逮捕された場合、何らかの形で不満を表明するのが常だった。抗議、報復的な措置、あるいは、別件での日本人拘束——手段は様々だが、必ず何かしらの反応を返す。
それが、今回に限っては——何も起きていない。
本国からの指示を待つ現地担当者は、その不気味な沈黙に、落ち着かない様子を見せていた。
「……切り捨てられた、ということでしょうか」
「あるいは——『あの工作員たちは、そもそも自国の人間ではない』と、押し通すつもりなのかもしれん」
拘束された三名の身元が、どこまで公にされるか。それ次第で、今後の出方が決まる——現地では、そう見られていた。
静かな沈黙こそが、今、最も不気味な兆候だった。
―――
その裏で、静かな交代劇が進んでいた。
これまで現地でマークされていた工作員は、ある日を境に、姿を消した。程なくして、本国への帰国が確認された。表向きは、通常の人事異動として処理された。
入れ替わりのように動きを見せてきたのは、これまでとは毛色の異なる、女性の新たな人材だった。彼女は、これまでの工作員として動いていたが、別の動きを取り始めていた。
狙いは、超党派の日〇友好議員連盟——その中でも、与党内で影響力を持つ有力議員だった。
議員連盟の会合や、関連する交流イベントを通じて、数年前から少しずつ距離を縮め、今ではすでに愛人関係と呼べるほどの関係を築き上げていた。焦らず、時間をかけて、信頼を積み上げてきたやり方だった。
拉致未遂という強硬手段が失敗に終わった今、彼女は、国からの新たな指示に、静かに手を伸ばし始めていた。




