第103話 白昼の誘拐未遂
倉持は、桐生大吾を、同席した財務大臣政務官・水野に引き合わせた。
「こちらが、報告書を書いた研究者です」
「……桐生。もしかして、官房長官と、何かご関係が?」
水野が、興味深げに尋ねる。桐生は、苦笑しながら首を振った。
「同姓ですが、身内ではありません。私は青森の出身で、官房長官は佐賀県のご出身と伺っています。血の繋がりは、まったくないんです」
「なるほど、単なる偶然か」
水野は、それで納得したように頷いた後、改めて、桐生に向き直った。
「それで——要するに、何がどうなったんだ?」
桐生は、一呼吸置いてから、答えた。
「一言で申し上げます。『異世界から来た謎の石——魔石を、我が国のコンセントに、そのまま挿せる安全な電気に変えることに成功した』ということです」
「……ほう」
「これまで、あの石は、下手に触ると、発電機を爆発させるだけの危険な塊でした。しかし、私が開発した特殊な冷却技術と、カーボン素材を使うことで、暴れ馬のようなエネルギーを、ピタリと手なずけ、家庭用の『百ボルト・六十ヘルツ』の電気として、綺麗に抜き出す仕組みを作ったのです」
水野は、感心したように腕を組んだ。倉持が、そこで口を挟む。
「魔石は、無限じゃない。あくまで、電池だろう。供給は、どうする」
「現行は、充填していただくのが簡単です。ただ、そちらは、私の専門外になります。とはいえ、魔石へのエネルギー充填の実験も、すでに開始しています。いずれは、可能かと思われます」
「……当面は、向こうで、その事業の立ち上げを検討するべきだな」
倉持は、そう呟き、資料の一点を、指先で軽く叩いた。
―――
フリーランス記者が、警察に身柄を確保されたのは、その数日後のことだった。
事情聴取に対し、記者は、ほとんど抵抗しないまま、これまでの経緯を自白した。金の出所、接触者とのやり取り、渡してきた情報——すべてを、洗いざらい語った。
記者は、そのままスパイ容疑で、拘置所へと移された。
―――
監視班の一人が、いつもと違う視線に気づいたのは、拓也の下校時刻だった。
見張られている——工作員の一人が、あえて監視の目を引くように、不自然な動きを見せた。監視班の意識が、そちらに引っ張られる。
その隙を突く形で、別働隊が動いた。
彼らにとって、それは、簡単な仕事のはずだった。高校生を一人、車に押し込むだけ——そう、楽観していた。
下校中の路地に、車が急停車する。数人の男が、拓也へ向かって駆け寄った。
同時に、近くを歩いていた小学生の一団が、その騒ぎに巻き込まれた。突き飛ばされた児童の一人が、転倒し、頭を打つ。
「——っ!」
拓也の反応は、一瞬だった。
向かってきた男たちの手を、次々と払い、関節を極め、地面に沈めていく。声を上げる間もなく、別働隊は、全員がその場に倒れ、意識を失っていた。
拓也は、倒れた男たちを、手早く拘束すると、すぐさま藪田に連絡を入れた。
「藪田さん、拉致未遂です。犯人は全員、確保して気絶させてあります。場所は——」
電話の向こうで、藪田が、短く息を呑む音がした。
「……すぐに向かう。動くなよ」
通話を切ると、拓也は、すぐに、倒れている児童の元へ駆け寄った。
「大丈夫か、しっかりしろ」
頭部からの出血を見て、拓也は、迷わず手をかざした。
治癒魔法——ただし、拓也自身のレベルでは、傷を完全に塞ぎ切ることはできない。それでも、出血を抑え、痛みを和らげる程度の力は、確かにあった。
しばらくして、藪田と、数名の警察官が到着した。拘束された男たちは、次々と車に押し込まれ、連行されていく。
入れ替わるように、救急車のサイレンが近づいてきた。児童は、担架に乗せられ、救急車へと運ばれていく。
「……お前が、いなかったらどうなってたか」
藪田が、拓也の肩に、そっと手を置いた。拓也は、何も答えず、遠ざかっていく救急車を、ただ見送っていた。




